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【寄稿】COVID-19が明暗を分けた不動産市場

【寄稿】COVID-19が明暗を分けた不動産市場

※本レポートは、(公社)千葉県不動産鑑定士協会の発行する広報誌「かんていCHIBA」(令和2年度)に中田が寄稿した原文を、WEB用に転記したものです。

COVID-19(以後、「新型コロナ」)におけるネガティブな影響が大きかった不動産市場の一つに、「ホテル市場」があります。対照的に、新型コロナの影響が小さかった同市場の一つに、「物流市場」があります。

本レポートでは、新型コロナにより明暗が分かれた主な不動産市場のうち、「ホテル市場」と「物流市場」について、解説していきます。

【原文PDF】

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ホテル市場

ホテル市場
ホテル市場は、新型コロナの蔓延により大打撃を受けました。特に政府による緊急事態宣言が発令された令和2年(2020年)4月以降は、訪日外国人旅行者(以後、「インバウンド」)を中心とした観光需要が、ほぼゼロになったのです。

このような状況を受け、国内観光需要の喚起を目的として、令和2年(2020年)4月に1兆6,794億円という国家予算が投入されることが決まり、同年7月下旬より政府の経済政策「Go toトラベルキャンペーン」が実施されました。

ただ、本レポートを書いている令和2年(2020年)9月時点においては、新型コロナの第2波の影響も有り、キャンペーンの効果は揺らいでいる状況にあります。

ホテル資産は元来、住宅などの典型的なコアアセットと比較して、ボラティリティ(価格変動)が大きい資産です。当該ホテル資産のアップダウンは、日経平均株価と概ねリンクしているため、日経平均株価の推移とともに、あらためて近年のホテル市場を振り返ります。

日経平均株価の推移から見るホテル市場の動向

【日経平均株価の推移】

(資料)INDEXNIKKEI: NI225

平成3年(1991年)頃の平成バブル崩壊以降、ホテルの取引件数は下落の一途を辿るも、平成15~19年(2003~2007年)頃から急激に上昇に転じました。いわゆる「ファンドバブル」の頃です。ファンドバブル期は、REIT(不動産投資信託)の活性化もあって、ホテル資産においても、活発な取引が行われました。

ただし、平成20年(2008年)9月のリーマンブラザーズの経営破綻に端を発した世界的な金融危機と景気低迷を背景に(いわゆる「リーマンショック」)、一気に取引は低調となります。

平成21年(2009年)には「新型インフルエンザ」が世界的に大流行し、さらに平成23年(2011年)には、「東日本大震災」という未曾有の災害も相次いだことから、観光の自粛圧力が強まり、ホテル市場は長期的な低迷が続くことになります。

ホテル市場を含めた日本経済が停滞する中、第2次安倍内閣が発足した平成24年(2012年)頃から、取引市場に回復の兆しが見え始めます。平成25~26年(2013~2014年)頃は「ビザ要件の緩和」、「LCC便の就航」等の影響で、インバウンドが年間1,000万人を突破し、更に円安の追い風も受け、「インバウンドブーム」が到来することになったのです。

人の流入が増えれば、不動産の価格にも好影響があります。インバウンド需要の増大は、様々なアセットクラスに好影響を与えました。その中でもホテルは、インバウンドの恩恵を最大限に享受できるアセットの一つです。インバウンド需要の高まりと共に、観光地を中心に宿泊需要が増大し、ホテルの資産価値の回復基調が確かなものとなり、ホテル関連企業の業績に対するアップサイドへの期待が高まりました。

この頃から、ホテル運営のパフォーマンスが向上していきます。投資対象としてのホテル資産への注目度は急激に高まり、瞬く間に幅広い投資家が取引市場に参入するようになります。市況の好転をみたJ-REIT、私募ファンド等による取引も活発化したため、ホテルの売買件数は大幅に増加しました。

平成27年(2015年)頃からは、政府による地方創生に由来した「ふるさと旅行券(地域住民生活等緊急支援のための交付金)」といった経済対策等も実施されたため、宿泊需要がさらに拡大します。ホテル特化型のREITなど、市場に参入するプレイヤーは着実に増えていき、ホテル市場は空前の活況を呈することになります。

平成28年(2016年)は、円高傾向によってインバウンドの宿泊需要の伸びは一時的に停滞しましたが、平成29年(2017年)に入ってから、「航空路線の拡充」や「クルーズ船寄港数の増加」、「査証要件の緩和」等を追い風に、インバウンド数が増加に転じます。その結果、一部の地域の停滞感を除き、全国的にOCC(Occupancy Ratioの略:客室稼働率のこと)は増加し、宿泊市場は成長を続けました。

平成30~31年(2018~2019年)は、融資に積極的な金融市場を背景に、ホテル投資の将来性を見越し、J-REIT、私募REITの他、不動産会社、外資系投資ファンド、ホテル事業会社、ディベロッパー等はホテル開発に軸足を移し、全国でホテル開発が活発化することになります。

インバウンド需要の増加等に伴い、観光地の地価も上昇していきます。国土交通省「地価公示」における全国の商業地の地価変動率上位地点を見ると、新型コロナの影響が大きくなる以前の令和2年(2020年)1月までは、「北海道」、「沖縄県」、「大阪府」、「京都府」等の観光地が中心になっています。

【地価公示における商業地の地価変動率上位地点】
令和2年1月1日第1位倶知安5-1(北海道)+57.5%
第2位那覇5-8(沖縄県)+45.9%
第3位大阪中央5-2(大阪府)+44.9%
平成31年1月1日第1位倶知安5-1(北海道)+58.8%
第2位大阪中央5-24(大阪府)+44.4%
第3位大阪北5-16(大阪府)+44.2%
平成30年1月1日第1位倶知安5-1(北海道)+35.6%
第2位大阪中央5-19(大阪府)+27.5%
第3位京都南5-5(京都府)+27.3%

(資料)国土交通省ホームページを基に作成

なお、令和2年(2020年)地価公示における東京圏の商業地では、地価変動率の上位3地点は全て「浅草」であり、東京圏においても、観光地の地価上昇に強さが見られます。

【令和2年地価公示 東京圏の商業地変動率上位地点】
第1位台東5-4(台東区浅草)+34.0%
第2位台東5-5(台東区浅草)+32.4%
第3位台東5-28(台東区浅草)+32.1%

(資料)国土交通省ホームページを基に作成

また、令和2年(2020年)には、国内観光地を中心に、最高級の外資系ホテルブランド(「JWマリオット・ホテル奈良」、「ANAインターコンチネンタル石垣リゾート」、「ハイアットリージェンシー横浜」、「ヒルトン沖縄瀬底リゾート」等)の開発が続いています。

新型コロナ蔓延後のホテル市場

一般財団法人日本不動産研究所の調査による「不動産投資家調査」(年2回発行)によれば、新型コロナ蔓延前までは、中長期的に期待できるアセットとして、「ホテル」、「物流」、「オフィス」、「ヘルスケア」等のセクターが期待されていました。

話がやや脇道にそれますが、宿泊関係では懸念事項もあり、特区民泊(国家戦略特別区域法に基づく、旅館業法の特例制度を活用した民泊)である大阪では、ビジネスホテルの競合となる民泊の急激な増加が見られた他、観光地を中心にホステル開発が続いた京都、東京ディズニーリゾート周辺や政令指定都市でビジネスホテル開発が続いた千葉など、一部の地域では供給過多によるOCCの上昇を阻害する要因も出始めました。

このような状況の中、一部の市場関係者の中には、ホテル価格の高止まりや、過剰供給を懸念する声も聞かれたものの、それ以上に旺盛なインバウンド需要を背景に、「ホテル市場は令和2年(2020年)頃までは好調が続く」と見るプレイヤーも見受けられました。

しかし今回の新型コロナ蔓延を受け、令和2年(2020年)4月の同調査では、ホテルの期待利回りは「東京」のほか、「札幌」「大阪」「京都」「福岡」「那覇」などの地方都市でも上昇に転じるなど、ホテル市場は転換期を迎えています(基本的に、利回りが上昇すれば価格は下落します)。

例えば、下記グラフはホテルREIT「インヴィンシブル投資法人」の分配金利回りを示しています。新型コロナによりホテル業績が急激に悪化し、令和2年(2020年)5月に分配金利回りが98%減少しました。

【インヴィンシブル投資法人の投資口価格・利回り】

(資料)JAPAN-REAT

インヴィンシブル投資法人は経営破綻したわけではありませんが、平成20年(2008年)のリーマンショック後には、ニューシティ・レジデンス投資法人(NCR)の破綻等も見受けられました。

ホテル資産の特徴と評価上の留意点

ホテルは、事業の用に供されている「事業用不動産」です。ホテル事業は、新型コロナのような感染症の流行のほか、経済情勢の変化や、競合ホテルの新規参入等により、事業収支が大きく変動するリスクがあります。ただ、リスクが高い分、オフィス等のコアアセットと比較して、「より高いキャップレート(Cap Rate:還元利回りのこと)」が要求されるのが特徴です。

政府の「観光立国政策」や「2020東京オリンピック・パラリンピック」を見越し、ADR(Average Daily Rateの略:平均客室単価のこと)やOCCが伸び続けて価格が高騰し、強気な取引価格が見られるようになったホテル市場は、新型コロナで一転しました。

ホテル事業に基づくGOP(Gross Operating Profitの略。営業利益のこと)が賃借人の賃料負担の原資になりますが、例えば、変動賃料(歩合賃料)を採用している場合、事業収支が賃料収入に直結するため、これまでは高い収益性を維持していたホテルも、事業収支悪化により賃料収入が下落すれば、不動産価格も下落することになります(または価格を維持することが困難になります)。

不動産鑑定評価の実務上は、投資用不動産の場合、個別物件毎に実績ベースの賃料下落はDCF法(Discounted Cash-Flowの略:連続する複数の期間に発生する純収益及び復帰価格を、その発生時期に応じて現在価値に割り引き、それぞれを合計する方法)における毎期のキャッシュフローで反映し、将来予測は直接還元法(一期間の純収益を還元利回りによって還元する方法)における還元利回り(DCF法では最終還元利回り)等に折り込むケースがあります(評価方針は物件毎に異なります)。

仮にホテル市場でネガティブな状態が続けば、キャッシュフローもさることながら(※)、売却価格への影響も懸念されるため、売却時期によっては、厳しい価格付けになる可能性も否定できません。
(※)本来、収益物件は中長期的な観点から賃料を査定しますが、新型コロナが長期化すれば、中長期安定的な賃料にも影響する可能性も考えられます。

ホテル市場への影響が大きくなった理由

新型コロナがホテル市場に大きな影響を与えた理由に、「タイミング」も関係しています。平成30~31年(2018~2019年)頃に、多くの市場関係者がホテル投資に軸足を移しましたが、令和2年(2020年)の新型コロナ蔓延は、そのような市場関係者にとっては、最悪のタイミングでした。 

不動産市況は、マクロ経済の影響を受けます。また、不動産は開発着手から竣工まで一定の時間を要するため、今回のケースのように「経済が良くなり、不動産市況も良くなったので不動産の開発を始めたものの、実際に物件が供給される頃には経済が悪くなっている」ということも起こり得ます。

例えば、かつて「未来都市」として大きな期待を背負い開発され、開業した直後にバブルが崩壊した幕張新都心のように(ただし、幕張新都心はバブル崩壊後も尽きることなく開発を続け、今では県内最注目のエリアの一つになっています)。

令和元年(2019年)には「年間3,188万人」と過去最高を記録した我が国のインバウンド数も、ダウンサイドにある令和2年(2020年)9月現在、回復の目処は立っていません。そして、インバウンド需要の回復が見込めないコロナ禍では、決定的な治療薬・ワクチンが開発される等、誰の目にも明らかな解決策が生じない限り、劇的な改善は難しい状況です。

インバウンドの増大とともに、供給が加速してきたホテルですが、新型コロナを受け、改めて「インバウンド需要に特化するリスク」が表面化した格好になりました。国内需要に目を向けるも、新型コロナの第2波で自粛ムードが完全に払拭できないうえ、そもそも日本の人口は、平成20年(2008年)をピークに減少の一途で、観光客の母数も減っていきます。

コロナ禍における将来予測は非常に難しく、かつ不動産市況も常に変化しているという前提の上で、ボラティリティの高いホテル資産が長期的に回復するシナリオが見えない今、ホテルの開発・運営には、ターゲット層の見直し、キャシュフローや売却シナリオの精査等に、より一層注視が必要になっています。

物流市場

物流市場
ホテル市場とは対照的に、コロナ禍でも物流市場は好調です。次は、昨今の物流市場について解説していきます。

高値で取引される物流施設

Amazonなどのインターネット通販(以後、「EC」)の拡大により、運送コストと保管コストをミニマイズするために、都市近郊の湾岸部を中心に、物流用地の需要が高まりました。上場する物流系REITも増え、平成25年(2013年)頃から、全国的に物流用地の価格が高騰しました。

特に、配送の地の利があり、価格に手頃感のあった主要都市の湾岸部では、物流施設の開発が続きました。例えば、私たち不動産鑑定士が調査を担当している地価公示を見ると、東京圏の工業地(物流用地)における変動率上位地点では、年間10%前後の地価上昇が続いています。また、実勢の取引でも、高値取引が見受けられました。

【地価公示における東京圏・工業地の地価変動率上位地点】
令和2年第1位松戸9-1(千葉県)+11.1%
第2位市川9-1(千葉県)+10.2%
第3位習志野9-2(千葉県)+9.4%
平成31年第1位横浜鶴見9-2(神奈川県)+8.3%
第2位松戸9-1(千葉県)+8.0%
第3位横浜中9-1(神奈川県)+8.0%
平成30年第1位五霞9-1(茨城県)+11.0%
第2位川口9-3(埼玉県)+9.6%
第3位松戸9-1(千葉県)+8.7%

(資料)国土交通省ホームページを基に作成

物流の空室率は低下・賃料は上昇

物流マーケットの現状を知る調査として、CBRE「ロジティクスマーケットビュー」があります。令和2年(2020年)第2四半期の同レポートによると、首都圏大型マルチテナント型物流施設(LMT)の空室率は「0.6%」と、超高稼働率を維持しています。

【首都圏・近畿圏・中部圏の空室率(LMT)】
首都圏LMT0.6%(前期比+0.1%)
近畿圏LMT4.8%(前期比+1.1%)
中部圏LMT7.3%(前期比-0.6%)

(資料)CBRE「ジャパンロジティクスマーケットビュー2020年第2四半期」

空室率「0.6%」。少なくとも、私の12年間の鑑定人生の中では、お目にかかったことがない最低水準です。なお、同レポートによると、賃料水準についても高単価かつ上昇傾向にあります。

【首都圏・近畿圏・中部圏の賃料水準(LMT)】
首都圏LMT4,390円/坪(前期比+0.2%)
近畿圏LMT3,930円/坪(前期比+3.1%)
中部圏LMT3,590円/坪(前期比±0.0%)

(資料)CBRE「ジャパンロジティクスマーケットビュー2020年第2四半期」

平均「坪4,000円」の賃料は、「物流にしては相当高い」と言えそうな水準ですが、最新の物流施設には、おしゃれなカフェも完備していたり、駅近立地も散見されます。そういう意味では、賃料が高単価かつ上昇傾向にあることにも、納得感があります。

一時期、市場関係者の中には、物流の賃料の上昇・キャップレートの低下(≒価格の上昇)は頭打ちとの意見も散見されましたが、急速なEC需要拡大に伴い、なくてはならない社会インフラにまで成長した物流は、それらの予想を覆すことになりました。

例えば千葉県には、湾岸部(千葉県習志野市茜浜)に、EC専門のファッションサイト「ZOZO」専用の大型倉庫「ZOZOベース」があります。ZOZOベースも、令和2年(2020年)秋に拡張予定(プロロジスパークつくば2)と、EC需要の勢いは衰えていません。

また、千葉市はドローンによる宅配等の取り組みにも積極的で、臨海部の物流倉庫から、海上や河川の上空を飛行し、幕張新都心内の高層マンションまで配送する構想がある等、近未来技術の導入も検討されています。

物流市場の成長

私が鑑定業界に足を踏み入れた平成20年(2008年)頃、オフィスや住宅などの典型的なコアアセットと比較し、物流施設の注目度は高くありませんでした。その後、物流テナントの長期マスターリース契約の安定性等が徐々に注目され、アセットとして拡大してきた経緯があります。

今では新型コロナ自粛に伴うEC需要にも支えられ、物流はオフィス、商業施設に次いで、主要なアセットにまで成長しました。

新型コロナの感染拡大により、倉庫内の従業員確保の問題や、売上が減少したテナントの賃料下落圧力など、懸念点はいくつかあるものの、物流市場では、当面は現状の(ホテル市場と比較してポジティブな)傾向が続くと考えます。

(執筆)不動産鑑定士・中田敏之

【関連記事】 【寄稿】「千葉市・真価が問われる幕張新都心」停滞期脱却、飛躍の兆し

参考資料URL

●国土交通省「地価公示」

●一般財団法人日本不動産研究所「不動産投資家調査」

●CBRE「BZ空間」※ホテル・物流マーケット関係

●CBRE「ロジスティクスマーケットビュー」

●JAPAN-REAT

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