相続や地方の遊休地が増えるなか、「価格は付くが、持ち続けるほど負担が増える土地」をどう評価し、どう扱うか——。
不動産鑑定の現場では、“価格の一点”だけでなく、“活用可能性という線”を見極める視点が不可欠だと感じています。本稿では、私の実務経験を踏まえつつ、現実的な評価の考え方と進め方を整理してみたいと思います。
1. 「負動産」とは——“持つほど減る価値”
「負動産」は法令上の用語ではありませんが、管理費・草刈り・固定資産税・境界トラブル・違反是正リスク等の保有コスト・不確実性が、予想される便益を上回る状態を指して使われます。
市場価格(売れるならいくらか)と純負担(毎年いくら出ていくか)の両面で評価すると、名目価格はプラスでも、実質的な正味価値はマイナスになりうるのが実態です。
2. 価格評価の限界と「活用可能性評価」
一般的な価格評価(取引事例比較法・収益還元法など)は有効ですが、使われていない土地では前提となる需給・権利・物理条件が“詰み”に近いことも多く、単純な「時価」だけでは意思決定材料にならないことも多々あります。そこで、価格と並行して「活用可能性」を定量・定性で捉え、改善余地と費用対効果を評価します。
活用可能性の観点
観点 | 要旨 | 着眼点(例) |
---|---|---|
①法規制 | 法的に“できるか” | 市街化調整区域/34条許可、農地法・林地開発、建築基準法接道、用途・高さ、土壌汚染、景観・自然保護 |
②物理 | 物理的に“できるか” | 接道・幅員・高低差、地形・地盤、上下水・雨水排水、送電線・用排水路、残置物・廃材 |
③市場 | 需要が“あるか” | 近隣の実需・賃料/分譲相場、競合供給、テナント当確性、代替地の有無 |
④資金 | 事業として“回るか” | 改良・造成コスト、資金調達可否、金利感応度、補助金・税制 |
⑤時間 | いつ“回収できるか” | 許認可・造成・販売/賃貸の所要期間、季節性、相続・納税期限 |
⑥社会・近隣 | “受け入れられるか” | 近隣合意、環境影響、交通・景観、地域課題との整合(防災・緑地等) |
例えば、各観点を0〜5点で採点(0=困難/5=容易)し、総合スコアとボトルネックを可視化します。点数そのものより、どこを直せば上がるかの議論が肝です。
3. 実務フロー(私案)
- 権利・台帳の棚卸し:登記、地目、地役権、共有関係、里道・水路、境界未確定、賃貸借・書面の有無。
- 現地・法規チェック:接道状況(42条各号)、上下水・雨水、段差・擁壁、造成履歴、土壌リスク、都市計画(区域区分/用途/地区計画)、農地転用・林地開発の可否と見込み。
- 需要仮説の設定:戸建て/貸地/駐車場/資材置場/太陽光/小規模物流/農福連携等、地域で現実味のある使い道を3案程度。
- ミニ事業性試算:概算造成費・インフラ費・期間、賃料/売値レンジ、空室・販売速度、金利前提。IRR(≒利回り)というよりも回収年数と資金繰りを重視。
- ボトルネック改善策の設計:境界確定、越境是正、残置撤去、軽微な盛土・排水、農地転用書類の準備、近隣同意の段取りなど。
- 意思決定:①即売却(原状)②改善後売却(限定的改修)③自社活用/賃貸④保全寄付・負担軽減スキーム。“次の一手”を絞るのが実務的です。
4. ケーススタディ(仮想・要約)
- 【A:市街化調整区域の元宅地残】
- 現状:接道2.7m・幅員不足、草木繁茂、境界不明。市場需要は弱いが、隣接地の駐車需要はあり。
- 施策:筆界確定+越境是正+砂利敷き+簡易排水で資材置場/貸地に転用。初期100〜150万円、想定賃料月3〜5万円、回収2.0〜3.5年。
- 学び:“建てる”ではなく“置く”に視点転換。
- 【B:農地(相続)+共有】
- 現状:農地法の縛り+共有で意思決定難。
- 施策:換価分割を見据えた共有関係整理→隣地買増交渉。転用は中長期。
- 学び:法規の“時間”と共有の“合意形成”が主戦場。
- 【C:郊外の高低差地】
- 現状:造成費が高く宅地化は赤字。
- 施策:平坦部のみ限定活用(駐車・トランク)、法面は緑地維持。
- 学び:全面最適より部分最適。事業面と環境面の折衷が効く場合あり。
5. 「価値を足す」工事・効果
優先順位は費用<時間<成功確率の順で。私の現場感覚では、下記の順で効きやすいです。
- 境界確定・越境是正(売買・賃貸の前提を整える)
- 残置物撤去・草刈り・砂利敷き(印象と即時活用性UP)
- 排水ルートの明確化(ぬかるみ改善は賃貸に直結)
- 接道の証拠固め(道路種別の確認、位置指定の台帳)
- 最低限のインフラ引込の可否調査(上下水・電気・通信)
※大規模造成・用途変更は費用と期間が跳ねやすいため、“限定的改善→市場テスト”のアプローチを推奨します。
6. 相続の現場で大切にしていること
- 納税資金と時間軸:価格最大化より現金化の確実性・期限を優先せざるを得ない局面が多いです。
- 共有のリスク管理:合意形成の難しさが価値に優ります。初手で代理権限整備と情報共有が重要。
- 税務・法務との連携:特例適用可否、分筆・転用・地役権設定など、鑑定・税務・司法の三位一体で進めると迷いが減ります。
7. まとめ
「負動産」を“売れない土地”と諦めるのではなく、法規・物理・市場・資金・時間・社会性の6面体で分解し、小さな是正を積み上げて“使える状態”に近づける。
鑑定評価は“今この瞬間の価格”を示すのが仕事ですが、活用可能性評価はいわば「動かせる余地」を示す地図です。両輪で点検し、ムリ・ムダ・ムラの少ない意思決定に資することが、私たちの役割だと思っています。
※本稿は一般的な考え方のご紹介です。個別案件は法規・権利・市場が大きく異なります。相続・税務の取扱いも含め、関係専門家と連携のうえでご検討ください。