通常、不動産賃貸市場における「繁忙期」は1〜3月とされます。新生活の準備や進学、転勤などで需要がピークに達し、4月以降は一旦落ち着くのが一般的な流れです。
しかし、2025年春の東京23区では、単身者向けマンションの賃料が依然として上昇を続けており、日経の記事でもその動向が取り上げられました。
このような動向について、背景を整理してみたいと思います。
1. 単身者需要の構造変化と社宅・借り上げ需要の高まり
近年は、郊外から都心部への“再回帰”が進んでいます。特に単身者は「時間の価値」や「利便性の高さ」を重視する傾向が強まり、23区内の駅近・コンパクト物件への集中が加速しています。
さらに最近では、企業による社宅や借り上げ住宅のニーズも再び高まりを見せており、法人契約による需要が底堅く、繁忙期を過ぎても賃料が下がりにくい要因となっています。
また、Z世代を中心とした若年単身者の間では、「狭くても質の高い住まい」に対する価値観が定着し、セキュリティや内装デザインなどに対する要求水準が上がっております。こうした価値観の変化も賃料を押し上げる一因となっております。
2. 新築供給の減少と競争力のある既存物件
建設費(人件費や資材費)の高騰により、新築物件の供給コストは上昇し続けています。加えて都市部では用地取得が難しく、新築供給自体が限定的です。そのため、一定水準の築浅物件やリノベーション済み物件など、設備が整った既存ストックに人気が集中しています。
こうした背景から「中古でも良い物件はすぐ決まる」傾向が強まり、賃料の上昇を支えています。
また、外国人労働者や留学生の回帰も徐々に進んでおり、東京都心の賃貸市場では需給バランスのひっ迫が続いています。
3. 実質賃金を超える物価・家賃の上昇
ここで重要な視点は、実質賃金が上昇していない一方で、物価や家賃は着実に上がっているという点です。とりわけ都心部の賃料上昇は、生活者の実感とかけ離れた負担感をもたらしています。
下表は、2010年から2025年にかけての物価・賃金・家賃の推移を簡単に示したものです。
■ 物価・実質賃金・家賃の推移(2010年→2025年)
項目 | 2010年 | 2025年 | 上昇率 |
---|---|---|---|
消費者物価指数(CPI) | 100 | 112 | +12% |
実質賃金指数 | 100 | 97 | ▲3% |
東京都ワンルーム家賃(月額) | 約75,000円 | 約95,000円 | +27% |
※CPI・実質賃金は総務省統計局資料および厚労省「毎月勤労統計速報」を基にした概算。2025年の年間平均CPIはまだ確定していないが、2025年上半期のデータから見て、年間で112前後になる可能性が高い。家賃は不動産ポータルサイトによる相場の中央値(筆者調べ)。
このように、収入の伸びが乏しい中で生活コストが上昇しており、とりわけ「賃料」の占める負担が重くなっています。
4. オーナー側の事情と価格戦略
一方で、オーナー側にとっても金利上昇や建築費・修繕費の高騰などにより、賃料を下げにくい状況が続いています。近年は「早期成約のために家賃を下げる」という姿勢から、「空室でも値下げしない」方針へと転換するケースも見られます。
背景には、都市部への人口流入、外国人留学生・労働者の回帰、将来的な賃料上昇期待といった要素があり、「無理に下げる必要はない」という判断がなされやすい環境にあります。
5. 私の体験:25年前と比較して感じる変化
私自身、25年前に目黒で借りた中古ワンルームマンションの賃料は6.8万円(共益費込み)でした。目黒駅から徒歩圏の分譲仕様の賃貸マンションで、築年数は当時から古かったと記憶していますが、当時としてはごく一般的な条件の物件でした。
ところが現在、目黒エリアの同等スペックの物件を検索すると、10万円以上がずらっと表示されます。以下は、目黒区ワンルーム賃料の変化をまとめた表です。
■ 目黒ワンルーム賃料の推移(共益費込み)
年代 | 月額賃料 | 備考 |
---|---|---|
2000年頃 | 68,000円 | 筆者実体験(駅徒歩圏) |
2015年頃 | 約85,000円 | リノベ済み物件増加 |
2025年現在 | 約100,000円 | 法人需要増・供給制約により上昇 |
この変化は、単なるインフレや市場バブルではなく、都心部の生活コスト構造の変化そのものを反映していると言えるでしょう。
4. 今後の展望
今後の見通しとしても、この賃料上昇トレンドは少なくとも年内は続くものと見ています。特に利便性・安心感を求める層の需要は依然として強く、23区の人気エリアでは下落の兆しは見えておりません。
結果として、都内で単身者が暮らすこと自体が、経済的に厳しい選択肢になりつつあります。生活費の多くを家賃が占めるような状況下で、従来の「気軽に一人暮らし」という感覚は、東京では通用しにくくなっています。
まとめ
かつては「都心での一人暮らし」は多くの若者にとって当然の選択肢でしたが、いまや経済的な計画と戦略が必要な“プレミアムな生活様式”になりつつあります。
都心での暮らしを完全にあきらめる必要はありませんが、これからは情報感度と柔軟性、そしてタイミングが賃貸戦略のカギになる時代です。
たとえば、都心から離れていても快速が停車する郊外の駅、駅から多少離れていてもバス便が充実したエリア、築年数は古くてもリノベーションが施された郊外の物件などに目を向けることで、コストを抑えながら快適な住環境を手に入れる選択肢も増えてきます。
実際に、弊社が千葉市中央区・蘇我に開発した物件では、30㎡の広さで家賃は7万円前後に設定されています。蘇我駅から東京駅までは快速で約42分と、都心へのアクセスも良好です。このように、郊外であっても利便性とコストパフォーマンスを両立できるエリアは存在します。
「都心での暮らしをあきらめる」のではなく、「自分に合った価値ある住まい方を再定義する」ことが求められているのだと感じます。これからは、“価格”だけでなく、“生活の質”や“時間の使い方”も含めて、住まいを見直す時代に入ったと言えるでしょう。