COLUMN コラム

「時価の2分の1未満」で売却した場合の課税リスクと鑑定評価の意義

「時価の2分の1未満」で売却した場合の課税リスクと鑑定評価の意義

企業オーナーや資産家の方から、「自社(または親族企業)に不動産を安く譲りたい」というご相談を受けることがあります。
その目的は多岐にわたり、事業承継対策、資産の有効活用、資金繰り支援、あるいは単なる善意に基づく行動である場合もあります。

しかし、不動産は高額であり、その価格には税務上の“実体的な合理性”が要求されるため、価格設定が市場実勢から著しく乖離している場合には、税務当局から“みなし譲渡”として否認されるリスクが生じます。

その中でも特に明文化されたリスクが、「時価の2分の1未満」での譲渡に対する時価課税の規定です。

税務上の位置づけ:「実額主義」に対する「時価主義」の適用例

所得税法上、譲渡所得の収入金額は原則として「実際の譲渡価額」で計算されます(実額主義)。
しかし一部例外として、「譲渡価額が著しく低い場合」には時価で譲渡があったものとみなされ、課税される場合があります。

【根拠規定】

  • 所得税法 第59条
  • 所得税基本通達33-2

法人に対して資産を譲渡し、その価額が当該資産の時価の2分の1未満であるときは、その譲渡は時価によりされたものとみなす。

この通達は、法人を介した資産移転による意図的な所得圧縮や贈与の回避行為を防ぐ目的で設けられています。

【ケーススタディ】1億円の市場価値がある土地を4,000万円で売却した場合

税務上の取り扱いを整理すると、下表のようになります。

項目実取引ベース時価ベース(みなし課税)
売却価額4,000万円1億円(時価)
取得費2,000万円2,000万円
譲渡費用200万円200万円
譲渡所得1,800万円7,800万円
税率(長期譲渡)約20%約20%
税額約360万円約1,560万円

実務では、「手元に入るキャッシュは4,000万円しかないのに、税金が1,500万円以上発生する」という極端な現象が生じます。

「時価」の定義と価格判定の問題点

ここで言う「時価」とは、必ずしも路線価や固定資産税評価額を指すものではありません。
実務上、以下の3つの価格概念が混在しやすく、誤解が生じる原因にもなります。

価格種別内容利用主体税務での取扱い
路線価相続税評価用の価格(公的)税務署所得税には原則使用しない
固定資産税評価額固定資産税算定基準市町村売買価格の根拠にはならない
市場実勢価格(マーケットバリュー)実際の市場取引を前提とした合理的価格民間評価・鑑定評価みなし課税の基礎となる「時価」

つまり、税務上の「時価」とは、市場における合理的な取引価格(マーケットバリュー)を意味しており、明確な算定根拠がなければ当局との見解の相違が生じやすい領域です。

鑑定評価の意義:価格の客観性を担保する制度的根拠

価格の客観性を証明する手段として、不動産鑑定評価書の存在が極めて重要です。

不動産鑑定評価では、市場性、近隣取引事例、収益性、土地条件、都市計画制約等、あらゆる要因を総合的に加味して価格を算出します。
とりわけ、特殊な関係者間での売買(親族・同族企業間等)においては、価格が恣意的であると疑われる余地が高くなるため、第三者による公正な評価が強く求められます。

税務調査等の場面では、「価格算定過程の妥当性」も重視されるため、価格だけでなくプロセスを文書化した鑑定評価書の有無が重要になります。

実務上の対応策:トラブル予防と節税戦略

実務経験から言えるのは、「価格の根拠を残す」ことが、すべてのスタートラインだということです。

対応項目解説
鑑定評価書の取得税務リスク低減の第一歩。時価の定量的把握が可能
譲渡価格の見直し取引価格が時価の50%以上となるよう調整
売却理由の記録善意、資金難、その他経営合理性の説明資料を作成
専門家連携税理士、不動産鑑定士、司法書士などと事前相談
スキーム見直しリースバックや分割譲渡などの節税手法も検討可能

終わりに

「安く譲ったのに、税金で損をした」。
こうした事態は、制度の趣旨を超えて、当事者の思いを裏切るような結果をもたらしかねません。

不動産という資産は、単に経済的な価値を超えて、家族や事業にとっての背景や文脈を多分に含んでいます。ですから、その譲渡に際しては、感情や事情を汲みながらも、法的・税務的な枠組みに即して慎重に検討する必要があります。

価格の妥当性をどう判断するか。税務上のリスクをどう評価するか。
そうした問いに対して、第三者の視点から冷静かつ論理的にアプローチする姿勢が、長い目で見て大切なのではないかと思います。

制度の理解と備えがあることで、大切な取引の価値がより確かなものとなる。
そのことを、日々の実務を通じて実感しています。

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