7月の東京23区では、単身者向け(専有30㎡以下)の平均募集家賃が10万3,265円、前月比+1.6%と2015年以降で最大の月次上昇になりました。しかも14カ月連続で最高値を更新しています。
今回の数字は管理費・共益費を含む“総額”で集計されており、賃借人が実際に負担する月々の支出が押し上げられている点に特徴があります。鑑定評価や投資判断の現場でも、この「総額ベースの上昇」をどう読み解くかが、これまで以上に重要になってきました。
事実関係を整理
指標 | 内容 |
---|---|
対象エリア | 東京23区 |
対象住戸 | 賃貸マンション・専有30㎡以下(単身向け) |
7月平均募集家賃 | 103,265円 |
前月比 | +1.6%(2015年以降で最大の月次上昇) |
最高値更新 | 14カ月連続 |
集計方法 | 募集家賃(賃料に管理費・共益費等を含む) |
※「募集家賃」は実成約賃料と乖離することがあります。評価・投資の現場では、成約データと歩留まり(何件の募集がどれだけの成約に結びついたか)、募集期間の実態とあわせて確認するのが基本です。
なぜ単身が強いのか
まず需要面です。コロナ後の人流正常化で若年層の転入超過が回復し、就職・転職・就学を起点に「一人でまず都心近郊に住む」という選好が再び強まっています。さらに、訪日・在留の回復と留学生の増加が重なり、語学学校・大学周辺の小型ストックが取り合いになりました。そこへ賃上げ基調や最低賃金の引き上げが加わり、単身者の「支払い可能額(家賃の心理的上限)」がじわりと切り上がった印象です。需要の層が厚くなれば、オーナー側は募集条件を強気にしやすくなります。
次に供給面です。建築費・労務費の高止まりに加えて、2025年4月以降の新築で省エネ基準の適合が原則義務化され、仕様の底上げや設計・監理コストの増分が新規供給の採算ラインを押し上げています。要するに「作るなら高規格・高賃料にならざるを得ない」力学が働き、既存ストックもそれに引っ張られやすい。加えて、管理費・共益費の上振れ(電気料金・人件費)が“見かけの家賃”を押し上げている点も忘れられません。単身者は総支出に非常に敏感ですが、ポータル表示が「賃料+共益費の合算」である以上、総額ベースでの上昇が統計に素直に出ます。
現場の手触り
募集と成約のギャップを丁寧に点検する必要があります。足元の過熱局面では、強気募集の裏側で成約までの期間がじわりと延びる、もしくは条件面での微修正(フリーレント・原状回復軽減等)が起きることがあります。鑑定評価では「相場賃料レンジの中心」を外さないこと、投資判断では「リーシング速度」を織り込むことが大切です。
住戸属性ごとの弾力性も分かれます。単身といっても、30㎡に近い“広めワンルーム”や高天井・収納大・水回りの質が高い住戸は耐性が強い一方、築年が進み狭小・立地や日照に難があるストックは上昇波に乗りにくい。差別化余地(宅配ボックス、ネット無料、セキュリティ、ワークスペース感の出る家具レイアウト提案など)を積み増せるかが、募集家賃の維持可能性を左右するでしょう。
郊外・千葉方面への波及にも注視しています。都心の単身相場が10万円を明確に超えてくると、千葉市・市川・船橋・松戸など快速停車駅×生活利便の高いエリアが“相対的割安”として再評価されます。通勤回数の減少(ハイブリッド勤務)も後押しとなり、「駅近×設備の質」を押さえた小型ストックは引き続き堅調というのが私の見立てです。
近郊への波及と千葉の立ち位置(私見)
23区の“単身10万円超え”は、千葉・埼玉・神奈川の駅近・築浅単身へ相対的な割安感を生み、都心直通×快速停車駅を中心に賃料の見直し余地を広げています。
千葉市や東西線・総武線・京葉線の沿線では、設備グレードを丁寧に積み上げた小型ストックが引き続き強いと見ています。一方で、駅距離がある築古・狭小は、賃料設定よりも“回転の良さ”を優先する局面が増えるでしょう。
シナリオ別の見通し(6〜12カ月、私見)
シナリオ | 前提 | 賃料の方向感 | オーナーの戦略 |
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メインシナリオ | 転入超過と雇用の底堅さが続く。新築は高規格・高賃料中心。 | 高止まり〜緩やかな上昇。前年同月比は徐々に鈍化の可能性。 | 総額最適化(管理費・共益費の透明化)、差別化設備で指名買いを作る。 |
上振れ | 競合新築が少なく、賃上げが維持。 | 想定超えの上振れも点的にあり得る。 | 強気募集を試しつつ、歩留まりKPIで早期検証。 |
下振れ | 金利上昇や雇用不安、特定時期の供給集中。 | エリアや築年で二極化。弱い在庫は調整。 | 回転重視に切替。初期費用の工夫やフリーレント短期付与で空室ロスを抑制。 |
鑑定上は、還元利回りと将来賃料の安定性(空室・家賃改定の前提)を慎重に置く局面です。特に、管理費等の上昇が賃料に含まれて見える統計の性格を踏まえ、実成約ベースの検証を欠かさないことが大切です。
まとめ
今回の上昇は、需要の復元(都心回帰・留学生回帰・若年層の動き)と、供給側のコスト構造の変化(建築費、人件費、設備・省エネ対応)が“総額家賃”に同時に効いた結果だと捉えています。
ただし、数字はあくまで募集家賃。現場では成約レンジや募集期間という“温度感”を併せて観察し、単身内の二極化を見極めることが必要です。私自身、査定や運営の助言では、総額の設計とターゲットに刺さる自分自身の体験価値を重視しています。
データに向き合いながら、インフレ時代の借主の生活感とオーナーの採算を同時に考慮していく——それらがこれからの単身市場ではいっそう問われると感じています。