1. 背景と目的:二つの老いへの対応
政府が3月4日に閣議決定した「マンション関連法改正案」は、今や全国で700万戸を超えるマンションの“老朽化”と“所有者の高齢化”という「二つの老い」への対応を目的としています。
この改正案は、マンションのライフサイクル全体(新築・管理・修繕・再生)を見据えた包括的な制度設計となっており、単なる建て替え支援だけでなく、持続可能な管理体制の構築を強く意識した内容です。
このニュースを目にしたとき、正直なところ「ようやく、ここまで来たか」と感じました。私はこれまで、いくつもの老朽化マンションの鑑定や再開発に携わってきましたが、そのたびに痛感していたのが、制度の“壁”と“限界”でした。
特に地方都市や郊外の物件では、築40年を超えたマンションが珍しくなく、住民の年齢も平均70歳近いケースが出てきています。外壁の剥落や共用部分の劣化は当たり前、管理組合は高齢化と空洞化で動けず、合意形成どころか集会の開催すらままならない――。
こうした現場を目の当たりにしてきた身からすれば、今回の改正内容は非常に実務的かつ現実的だと感じます。
2. 主な改正ポイントとその不動産実務への影響
(1)マンション管理の円滑化
- 【管理計画の引き継ぎ制度】:分譲事業者が管理計画を策定し、それを管理組合に引き継ぐ義務が生まれます。これにより、初期段階からの適切な管理体制が期待されます。
- 【自己取引の透明化】:管理業者が管理者と工事の発注者を兼ねる場合の情報開示が義務化。利益相反リスクを抑えることが目的です。
- 【決議要件の緩和】:修繕などの決議が「全所有者の過半数」から「集会出席者の過半数」へと緩和され、実務的な合意形成が進めやすくなります。
▶ 実務影響:管理開始時からの質の高いマネジメントが可能となり、長期的な資産価値維持に貢献。また、工事の透明性強化により住民との信頼関係も強化されます。私が個人的に最も評価したいのは、「集会出席者の多数決で修繕等の決議が可能になる」という点です。これまでは、全区分所有者の過半数が必要だったため、意思表示をしない所有者(いわゆる“サイレントオーナー”)が意思決定を妨げるケースがありました。これが緩和されれば、管理組合は意思決定のスピードを上げられます。
(2)マンション再生の円滑化
- 【4/5の多数決で可能になる再生手法】:従来の建替えに加え、「一括売却」「一棟リノベーション」「取り壊し」も4/5で決議可能に。
- 【隣接地の権利処理の合理化】:底地・隣接地の所有権を建替後のマンションに組み込む柔軟な権利変換が可能に。
▶ 実務影響:高経年マンションの再生が現実的な選択肢となり、デベロッパーや再生支援企業にとっての機会が拡大。建替えというと「新築に生まれ変わる」と聞こえはいいですが、実際にはコストも手間も莫大で、ほとんどの管理組合では実現不可能です。だからといって何もできず、放置されたままの“限界マンション”が生まれていた。リノベーションや一括売却といった、“中間の選択肢”が法的に整備されたことは、現場の判断に大きな余地を与えます。
(3)地方自治体と民間団体の関与強化
- 危険なマンションへの報告・助言・あっせん権限を自治体に付与。
- 民間支援団体の登録制度創設により、合意形成支援などの新しい市場が生まれる可能性。
▶ 実務影響:行政・民間の連携による再生支援体制が整い、特に管理不全物件への介入がしやすくなる。この部分は期待もある一方で、「本当に機能するのか?」という一抹の不安も拭えません。なぜなら、自治体側の人員や専門知識の不足、民間団体の担い手の育成など、まだまだ課題が多いからです。制度が整っただけでは、実行力にはなりません。
3. 今後の展望と課題
- 【合意形成の実効性】:多数決緩和によって再生は進みやすくなるが、一部反対者との法的トラブルをどう回避するかは依然課題。
- 【再生事業の収支計画】:一棟リノベーションや一括売却を行う際の採算性や事業スキームの工夫が問われます。
- 【専門家の役割強化】:管理・再生に関わるプロフェッショナル(弁護士・建築士・マンション管理士等)の知見と調整力がより一層必要となる。
4. どう持たせ、どう再生するか
今回の法改正では「やっと制度が現実に追いついてきた」という印象を強く持ちます。これにより、「築40年を超える老朽化マンション」の再生が現実的な課題から実現可能な施策へと移行しつつあります。
しかし、制度が整っても、実際に動かしていくのは管理組合であり、そこに関わる専門家です。管理会社・仲介業者は、今後ますます管理・再生提案力が問われますし、 管理組合には、まず制度改正の内容を“正しく理解する場”が必要です。
ルールができたからといって、すぐにマンション再生が進むわけではありません。住民の感情、利害の調整、手続きの複雑さ――乗り越えるべきハードルはまだまだあります。
しかしながら、それでもやっぱり、「選択肢がある」ことが第一歩だと思います。これからの不動産業界は、ただ建てるだけではなく、「どう持たせ、どう再生するか」に頭を使う時代になってきたと、今回の法改正で改めて感じました。