令和8年8月13日の夕方から14日未明にかけて、千葉県内では激しい豪雨となり、各地で道路冠水や浸水、土砂の流出などの被害が発生しました。
今回の豪雨は、私にとって仕事上の出来事だけではありませんでした。妻も道路冠水の影響で帰宅できなくなり、その日は車中泊を余儀なくされました。普段であれば何の問題もなく通ることのできる道路が突然通れなくなるという状況を身近に経験し、災害は建物そのものに被害がなくても、人の移動や日常生活を止めてしまうことを改めて実感しました。
私は不動産鑑定士という仕事柄、地価公示や地価調査、相続・固定資産税評価などを通じて、千葉県内のさまざまな地域を日頃から車で回っています。今回も豪雨後の状況を確認するため、豪雨直後の8月14日、その後の17日、18日に、普段から見ている場所を中心として千葉市、市原市、袖ケ浦市、茂原市などを回り、住宅地、駅前、幹線道路、大型商業施設、河川、水路、排水施設など、土地利用や地形の異なる場所を、可能な限り確認しました。
現地では、後から状況を確認できるよう、道路や河川、水路、駐車場、商業施設周辺などを中心に、被災した箇所の数百枚の写真を撮影しました。ただし、個別の住宅そのものについては、被災された方への配慮から、撮影対象とすることはできるだけ控えました。道路や周辺の状況を撮影する中で住宅等が写り込んでいる写真はありますし、住宅前に家財が出されている状況なども実際に目にしましたが、それらをことさらに撮影したり、被害を強調するような形で記録したりすることは避けました。
また、今回撮影した写真についても、このコラムには掲載しないことにしました。写真を掲載した方が現地の状況は伝わりやすいと思いますが、私にとっては現地調査のための記録であっても、被災された方にとっては自宅や仕事場、日常生活が被害を受けた現実そのものです。どこまでを公開することが適切なのか、私自身にも明確な線引きがあるわけではありませんが、今回は、現地調査のために記録することと、それを不特定多数の方が見るインターネット上で公開することは分けて考えた方がよいと思いました。
そのため、このコラムでは被害写真そのものを紹介するのではなく、実際に現地で見たことと、そこから不動産鑑定士として感じたことを中心に、自分用の記録として残しておきたいと思います。
雨がやんだあとに残っていたもの
最初に現地を確認した8月14日は豪雨が収まって間もない時期で、その後17日、18日と日を置いて再度各地を回りました。水自体はかなり引いていましたが、数日が経過しても、道路や駐車場、住宅地、水路周辺などには豪雨の痕跡が各地にはっきりと残っていました。
道路一面を薄く覆う泥や砂、交差点や駐車場の隅に集まった土砂、マンホール周辺に置かれたカラーコーン、道路脇に残された車両、水路やフェンスに絡み付いた草木、えぐられた道路肩、通行止めになった道路、店舗の外に出された什器や、住宅周辺に置かれた家財などです。
雨が降っている最中を見ていなくても、水が引いた後の道路や敷地を注意して見ると、泥の線や土砂のたまり方、草木の倒れ方、道路の洗掘などから、水がどちらから来て、どちらへ流れ、どこに集まったのかをある程度読み取ることができます。今回の現地確認で特に印象に残ったのは、この「水が引いた後に残る痕跡」でした。
また、近い場所であっても被害の程度にはかなり差があり、数十メートル移動するだけでほとんど痕跡が見られなくなる場所もあれば、同じ道路沿いでも一方では大量の泥が残り、少し高くなった場所ではほとんど影響が見られないところもありました。普段の生活ではほとんど意識しないわずかな土地の高低差や道路勾配が、豪雨の際には大きな違いとなって現れることがあります。
千葉市――整備された住宅地でも水は集まる
千葉市では、私が暮らしているおゆみ野中央、おゆみ野南、秋の道・冬の道周辺のほか、六通り、あすみが丘、小食土町、その他、被害が大きく報道された蘇我駅周辺などを確認しました。
おゆみ野周辺では、道路や交差点に泥が広がり、マンホール周辺に注意表示が置かれている場所や、道路沿いに車両が残されている場所がありました。六通りや秋の道、冬の道、公園周辺でも道路や歩道に泥や土砂が残っており、普段であればあまり意識しない道路の勾配、公園や緑道との高低差、雨水が集まりやすい箇所などが、豪雨後には目に見える形で現れていました。
あすみが丘周辺でも、道路冠水の影響を受けたと思われる車両などを確認しました。あすみが丘というと比較的高台の住宅地という印象がありますが、地域全体の標高が高いからといって、すべての道路や交差点が同じ条件というわけではなく、丘陵地の中にも局所的に低くなっている場所や、周囲から雨水が集まりやすい場所があります。
また、蘇我駅東口ではロータリー一帯に泥が残り、駅前店舗でも片付けをしている状況が見られ、蘇我駅南側の線路沿いでも道路や車両に被害の痕跡が残っていました。駅前だから、ニュータウンだから、あるいは高台だから安全というような単純な話ではなく、その街区、その道路、その敷地が周辺よりどの程度高いのか、雨水がどちらへ流れるのかを見る必要があると感じました。
市原市――大型商業施設周辺でも
市原市では、ちはら台西・ちはら台東のほか、「ユニモちはら台」周辺などを確認しました。
ちはら台の幹線道路では、道路上に泥や土砂が残っている場所や、冠水の影響を受けたと思われる車両が確認できました。また、「ユニモちはら台」周辺では、店舗入口、東西・南側の道路、駐車場など比較的広い範囲に泥や土砂の痕跡が残り、豪雨の影響による臨時休業の表示も見られました。
施設の外に什器などを出して片付けている店舗もあり、駐車場や道路に残る泥も一様ではなく、南側の低い部分や東側の出入口付近など、場所によって痕跡の濃さにかなり違いがありました。南側を流れる村田川も確認しましたが、南側が特に被害が大きかっため、河川が氾濫した可能性もあります。
こうした状況を見ると、大型商業施設のように敷地が広く、道路や駐車場が整備されている不動産であっても、敷地内の高低差、出入口の位置、周辺道路、河川との位置関係などを一体として見る必要があると感じました。
また、店舗の場合には建物そのものの被害だけでなく、駐車場が使用できない、来店客が近づけない、商品や設備の片付けが必要になるといった営業上の影響も生じますので、収益不動産という観点から見れば、こうした災害時の事業継続性も無関係ではないと感じました。
茂原市――住宅地、商業地、駅前、河川、水路
茂原市では、本納、新小轡、長尾、高師、腰当、大沢、法目、御蔵芝など、茂原駅北部を中心として、かなり広い範囲を確認しました。
本納駅の東西では、道路や踏切付近に泥が広がり、路肩や未舗装部分がえぐられている場所、通行止めとなっている道路などもありました。本納駅東側の水路では草木が倒れ、水の流れた痕跡が残っており、茂原工業団地付近の道路にも広く砂や泥が残っていました。
本納や新小轡周辺のコンビニエンスストア(セブン、ローソン)の駐車場にも泥が広がり、周辺の空地や道路には冠水後と思われる痕跡が残っていました。「もってきーな茂原店」周辺でも、広い駐車場や建物外壁などに痕跡が確認でき、すぐ近くに河川や水路、排水施設があることも含めて、周辺の水の流れを考える必要がある場所でした。
長尾では、「せんどう新茂原店」(ゆたか)の背後にある住宅地を確認しましたが、道路には泥が残り、家財を外に出している住宅も見られました。個別の住宅そのものについては撮影対象としませんでしたが、道路や周辺の状況だけを見ても、実際の生活にかなり大きな影響が生じたことがうかがえました。
高師では、茂原街道沿いの「アスモ」周辺や「西松屋」の背後、「ほっともっと」周辺などを確認しました。道路や駐車場への泥の堆積だけでなく、水路や側溝の周囲がえぐられている場所もあり、豪雨による被害は単に「水に浸かった」というだけではなく、水の流れる力によって道路や外構が物理的に損傷する場合があることも分かりました。
腰当では、「カインズ茂原店」や阿久川周辺を確認しましたが、大型店舗の駐車場や資材館周辺にも泥の痕跡が残り、阿久川では草木の倒伏や流下の跡を見ることができました。また、茂原北インター付近でもコンビニ(ミニストップ)の駐車場に泥や放置車両が残っており、周辺には斜面や排水施設もあることから、単純に「川が近いか、遠いか」だけでは水の動きを説明できない場所もありました。
法目の「ねぎぼうず」(直販店舗)周辺でも、駐車場や敷地の一部に泥が残っており、同じ敷地内であっても、出入口や低い部分に水が集まったと思われる痕跡が確認できました。
こうしてさまざまな場所を回っていて強く感じたのは、同じ地域の中でも被害の出方が非常に違うということです。わずか数十メートルの違いでも状況は変わり、場合によっては道路一本、あるいは敷地のわずかな高低差によって、痕跡の程度が大きく異なっていました。
光風荘周辺――低地、用水路、河川を一体で見る
その後、8月27日には、被害が度々報道された特別養護老人ホーム「光風荘」周辺についても現地を確認しました。
現地を見ると、施設北側一帯は周辺と比較して相対的に低く、道路や農地には冠水したと思われる痕跡が残っていました。また、周辺には用水路があり、さらに東側には南白亀川が流れていて、その堤防にも損傷している箇所を確認しました。
周辺の道路には泥や流下物が残り、草木が一定方向に倒れている場所もありました。また、太陽光発電施設や農地周辺にも冠水の痕跡が見られ、土地利用の違いにかかわらず、相対的に低い一帯に水が集まった可能性を考えさせられる状況でした。場所によっては、草木の倒れ方などから、身長184cmの私の腰あたりまで水が来ていたのではないかと思われる箇所もありました。
ただし、ここについても「南白亀川が近いから」という一言だけで説明できるものではなく、河川との距離だけでなく、用水路、周辺農地、道路の高さ、宅地の地盤高などを一体として見ることで、初めて地域の水の動きが少しずつ見えてきます。こうした現地の状況を一つ一つ確認しておくことは、その後、その地域の不動産を見るうえで大切な基礎資料になると考えており、今回確認した内容についても、今後のために別途記録として残しています。
ハザードマップが白色でも、安全とは限らない
今回、最も考えさせられたことの一つが、ハザードマップの見方です。
不動産調査では洪水ハザードマップを確認しますし、当然ながら非常に重要な資料ですが、今回実際に現地を回ってみると、河川のすぐ近くではない場所や、洪水ハザードマップ上で浸水想定区域として着色されていない場所にも、道路冠水や泥の堆積が見られました。
つまり、ハザードマップが白色だからといって、水害リスクがないという意味ではありません。
河川が氾濫しなくても、短時間に大量の雨が降れば、下水道や側溝などが排水できる量を雨水が上回り、行き場を失った水が道路や宅地にあふれることがあります。いわゆる内水氾濫であり、今回確認した場所の中にも、河川氾濫だけでは説明しにくく、周辺道路から水が集まったことや、雨水排水能力を超えたことによる影響を考える必要があると感じました。
自治体によっては内水ハザードマップも作成されていますが、それでも実際の街の中にある細かな高低差まで、すべて地図上で表現することは難しいと思います。道路から敷地まで数十センチ高い、交差点だけ少し低い、道路がわずかにくぼんでいる、駐車場の奥が出入口より低い、側溝がどちらへ流れているといった違いは、晴れた日に普通に通っているだけではほとんど気になりませんが、豪雨になると、そのわずかな差が大きな意味を持つことがあります。
ハザードマップを見ることはもちろん必要ですが、「色が付いているか、付いていないか」だけで土地の安全性を判断しないことも、同じくらい大切なのだと思います。
建物が浸水しなくても「使えない」ことがある
今回、妻が道路冠水によって帰宅できず車中泊することになり、おかげさまで車に被害はありませんでしたが、この経験から、災害リスクというものを「自宅や建物そのものが浸水するかどうか」だけで考えることはできないということを、改めて強く感じました。
住宅そのものが無事であっても、周辺道路が冠水していれば帰宅できないことがありますし、店舗そのものに大きな被害がなくても、道路が通れなければ営業に支障が生じます。上記の光風荘がまさにその例です。工場や物流施設であれば、従業員やトラックが到達できないこと自体が、事業継続上の大きな問題になります。
実際に妻が帰宅困難となったことや光風荘のことを考えても、不動産を見る際には建物や敷地単体だけではなく、そこへ安全に行くことができるのか、災害時にも周辺道路が機能するのかという視点も必要なのだと思いました。
水害があれば地価が下がる、という単純な話ではない
もちろん、一度浸水被害があったからといって、その地域の不動産価格が直ちに大きく下落するわけではありません。不動産価格は、交通利便性、生活利便性、人口動態、住宅需要、土地の供給状況など多くの要因によって形成されており、駅に近い、買い物が便利、住環境が良いといった要因もありますので、水害だけで価格が決まるわけではありません。
一方で、茂原市のように過去にも浸水被害が繰り返され、水害リスクが市場参加者に広く認識されるようになると、住宅を購入しようとする方や事業者がそのリスクをより意識するようになり、中長期的には需要や不動産の選好に影響を与える可能性があります。
したがって、不動産鑑定では「水害があったから○%下げる」というような機械的な判断ではなく、実際にどの程度の被害があったのか、それが一時的なものなのか繰り返しているものなのか、周辺と比較してどの程度リスクが高いのか、さらに市場参加者がそのリスクをどのように受け止めているのかを継続して見ていく必要があります。
災害直後にはどうしても被害そのものに目が向きますが、不動産鑑定という立場では、そのときの光景だけで価格を判断するのではなく、その後の住宅需要や取引状況、市場参加者の意識がどのように変化していくのかを見ていくことも重要になります。
自分の中の記録として
現在は、パソコンの前にいても、洪水・内水ハザードマップ、地形図、標高、航空写真、過去の浸水履歴、地価公示、取引事例など、多くの情報を確認できるようになっており、こうした資料は不動産鑑定においても欠かすことのできないものです。
今回、千葉市、市原市、袖ケ浦市、茂原市などを確認しましたが、豪雨からそれほど時間が経っていない時期だったこともあり、後から振り返ることができるよう、こうした状況については写真や地図とともに記録として残しています。
泥がどこに残っていたのか、水路の草がどちらに倒れていたのか、道路や敷地にどのような高低差があったのかといった情報は、それだけで不動産の価値を判断するものではありませんが、ハザードマップや地形、過去の浸水履歴などの資料と重ね合わせてみることで、その地域の鑑定評価のご依頼があった時に、地域の特徴を考える一つの手掛かりになります。
また、災害直後の強い印象だけをもって、その地域の不動産価値を決めつけることも適切ではないとも感じます。被害の状況、その後の復旧、住宅需要や取引状況、市場参加者の受け止め方などを時間の経過とともに見ていくことが、不動産を考えるうえでは大切だと思います。
今回確認した状況についても、一時点の出来事として終わらせるのではなく、継続して見ていく中で、こうした記録が数年後にどのような意味を持つのかも含め、今後の市場の動きを見ていきたいと思います。