不動産は、多くの人々にとって最も高価な買い物の一つですが、その価格決定に至る過程は複雑で、多数の変数(価格形成要因)が関与しています。そこで、近年は多数のデータを処理できる人工知能技術を活用した不動産鑑定が注目されています。
「Artificial intelligence in real estate valuation: A survey(by A. Shukla and M. Khandelwal (2021))」 という論文では、不動産鑑定における人工知能技術の現状と可能性が調査されています。具体的には、自動評価モデルや画像認識技術を用いた不動産の外観評価、自然言語処理技術を用いた市場分析などについて、概要が解説されています。
一方で、人工知能を用いた不動産鑑定には、いくつかの課題が存在しています。
例えば、訓練データ(機械学習モデルを作成するために使用する入力データと正解データのこと)の量や質の問題、モデルの透明性の欠如などが挙げられます。なお、ここでいう「モデルの透明性の欠如」とは、鑑定の結果がどのように導かれたかが分かりにくいことを指します。つまり、仮に人工知能が複数の変数(価格形成要因)を用いて鑑定結果を出す場合、その変数の影響力が鑑定士にとって把握できないものであれば、鑑定結果に対する信頼性が低下してしまいます。
これは、煙突の中の作業員たちが、煙突から出てくる煙を知らずに作業をしているようなものです。作業員たちは、煙突の中で何が起こっているのかを直接目で確認することができず、煙が何であるかを知ることができません。同様に、人工知能が用いられた不動産鑑定においても、モデルの透明性が低い場合、鑑定結果の原因が明確にならず、信頼性に問題が生じることがあります。
また、人工知能技術の導入によって、鑑定士の役割や必要なスキルが変化する可能性があります。
具体的には、従来の鑑定業務では、鑑定士が物件の立地条件や建物の構造、周辺環境などを観察し、経験に基づいて鑑定評価を行っていました。しかし、将来的な人工知能技術の導入によって、鑑定士はデータ解析や機械学習の専門知識を身につける必要が生じるでしょう。また、鑑定評価の精度向上や効率化のために、大量のデータを処理し、モデルの構築・検証を行う能力も求められるのではないでしょうか。
例えば、不動産鑑定には予測の原則というものがあり、鑑定には予測も含まれますが、この予測に人工知能技術を用いる場合、鑑定士は市場動向の把握や各種データの収集・整理を行うことが必要です。また、機械学習モデルの選定や学習データの作成、モデルのパフォーマンス評価にも鑑定士の専門知識が求められます。これらの作業を通じて、鑑定士は従来の業務に加え、データ分析や機械学習のスキルを身につけることができます。
また、データを適切に処理し、人工知能技術を正しく活用することで、より正確な鑑定評価ができる可能性があります。
このような課題を解決するためには、人工知能技術の専門家と不動産鑑定の専門家が協力し、共同で新たな解決策を模索する必要があります。これは、システムエンジニアが、まずはユーザ側の要件を共同で定義しないとシステムを開発できないことと同じです。
不動産鑑定において、人工知能技術がもたらす可能性は大きく、今後ますます発展が期待されます。しかし、技術の進歩に伴って新たな課題も浮き彫りになってくるため、注意深く取り組む必要があるのではないでしょうか。