高校生の「なりたい職業」ランキングで公務員が1位――少し前ですが、ソニー生命の2025年調査で、男子高校生の1位が公務員13.3%、女子高校生でも1位が公務員12.3%と、男女ともにトップだったようです。背景には将来不安の強まりや、いわゆる安定志向の濃さがある、と分析されています。
将来の見通しが揺れやすい時代に、安定や公共性のある仕事が支持されるのは、ごく自然な流れだと思います。家計、物価、雇用、災害、国際情勢。高校生がそこまで言語化していなくても、世界の「不確実さ」を肌で感じているということなのかもしれません。
そして、この「公務員人気」という入口の話は、もう一つのテーマ――「静かな退職」の広がりとも、意外と一本の線でつながっているように見えます。
「静かな退職」とは、実際に会社を辞めるわけではなく、“求められる最低限は果たすが、それ以上は無理に背伸びしない”“出世競争や過剰なコミットから距離を取り、熱量を意識的に下げる”といった働き方や姿勢を指す言葉です。退職というより、「仕事との距離感を調整する」という概念だと捉えると理解しやすいと思います。
不安定な時代ですから、入口では「安定」を求める。そして現実の職場に入ったあとは、仕事内容・評価・人間関係・ライフステージが噛み合わない局面で、自分の心身や家族を守るために“最低限モード”へと調整する。この二つは矛盾というより、むしろセットで起きやすい現象なのかもしれません。
では、不動産鑑定士はこの流れのどこにいるのか。
結論から言うと、不動産鑑定士は「公務員か民間か」という二択の外側にある、公共性と専門職の中間に立つ仕事だと思います。民間の仕事をこなしながらも、地価公示、固定資産税、相続税、公共用地、金融評価など、社会の土台に触れる領域と深く結びついています。つまり、雇用形態としては民間でも、仕事の性格としては社会インフラに近い。ここに独特の立ち位置があります。
不動産鑑定士という視点から見ると、職業選びにおける「安定」という言葉は、単に雇用の固定性だけでなく、
- 社会の仕組みを支えているという実感
- 仕事の意義が比較的わかりやすいこと
- 需要の波に極端に左右されにくいこと
といった“納得感”の要素も含んでいるように感じます。この点で、不動産鑑定士は「安定」や「公共性」を重視する価値観と相性の良い側面を持った仕事だと思います。公務員ほど制度の内部にいるわけではないけれど、完全に市場任せの仕事でもない。社会の公平性や意思決定の土台に、専門家として関わる――この距離感は、安定志向の若い世代にとって、かなり現実的な選択肢になりそうです。
もう一つ、「静かな退職」との関係で言えば、専門職は比較的、仕事の成果や役割が明確になりやすい分、職場や自分とのミスマッチが少し起きにくい面もあると思います。一方で、専門職は専門職で、責任や品質に対する自己要求が高くなりやすく、別の形で燃え尽きに近づくこともある。ですから、熱量をゼロにするのではなく、熱量の配分を自分で調整するという発想が大切になってくるのだと思います。
公務員を目指す人も、民間で専門職を志す人も、最初の動機が「安定」だったとしても、もちろん構いません。むしろ現実的で正直です。
ただ、その「安定」した仕事が心の温度まで下げてしまわないかどうかは、できれば早い段階で少しだけ意識しておきたいところです。仕事内容の具体的な手触りや、職場の文化、自分が力を出しやすい環境かどうかは、パンフレットやイメージだけでは見えにくいからです。
なので、進路選びでは最初から完璧な動機や確信を持とうとしすぎないことも案外大事なのではないかと思いました。
とはいえ、職業選びは理屈で全部決め切れるものでもない気がします。やってみないと分からない側面は確実にありますし、配属や上司、人との出会いのような運の要素も現実には無視できません。そう考えると、高校生の段階で「将来の正解」を求められるのは、少し酷な話かもしれません。
私自身、社会人になって20代の頃は、今思えばかなり世間知らずでした。仕事の見え方も、人との距離感も、お金や責任の重さも、一つひとつ、30代以降に“後から理解していった”というのが正直なところです。ですから、進路選びに慎重になる気持ちも、安定を重視する感覚も、とても自然だと思います。
結局のところ大切なのは、最初の選択を完璧に当てることよりも、選んだ道の中で自分なりに調整し直せる余地を残しておくことなのかもしれません。
「静かな退職」という言葉が広がる時代です。無理をしすぎず、でも自分の関心が向く方向を確かめながら、自分に合った働き方や環境(立ち位置)を更新していける人が、結果的にいちばん強いのではないかと思います。