近年、企業が保有不動産の資産効率化を進めるなかで、土地と建物の所有を分離し「底地のみ」を売買・運用する動きが加速しています。
アクティビスト対応や資本コストを意識したバランスシート軽量化の流れに、定期借地・普通借地の制度設計、そして機関投資家の長期資金が噛み合い、底地が“収益不動産”として再評価されている印象です。
報道では、海外PEや大手小売が積極活用し、2026年に国内市場は累計10兆円規模との見立ても示されています。過熱とまでは申しませんが、「案件密度の上昇」は肌感として確かにあります。
底地とは
まず、底地とは「他の人(借地人)が建てた建物が建っている土地」を貸している立場の権利のことです。土地の所有者は地代(家賃の“土地版”)を受け取りますが、建物は借りている側のものです。
契約の種類には、期間の定めがあり基本的に更新しない“定期借地”と、期間満了時に更新しうる“普通借地”があり、契約書の約束事(いつまで借りるか、地代をどのように見直すか、建物を建て替える時の許可や一時金の扱いなど)によって、投資としての安定度や値動きが大きく変わります。
なぜ今、底地なのか
なぜ今、底地が選ばれるのかというと、理由は単純です。企業側にとっては、土地を持ち続けるよりも、売って現金化し本業に資金を回したほうが収益性の数字(ROAやROICなど)が良く見える場面が増えているからです。
一方で資金を運用する側にとっては、底地は長期的に安定した地代が入るため、保険や年金のような長いお金に相性がよい投資対象です。もっとも、金利や物価が動く今の局面では、地代がどの程度・どのタイミングで上がるのか(あるいは上がらないのか)が、実質的な利回りを左右します。将来、再開発を見据えて土地の“主導権”を持っておく、という戦略的な動機も少なくありません。
価格形成を左右する鑑定実務ポイント
- 地代の水準と改定条項:公租公課スライド/近傍比較/物価・利子率連動の有無。改定可視性が割引率と成長率に直結。
- 残存期間と再契約確率:満了時のシナリオ(再契約・更地回復・合意解除・等価交換等)をDCFに織り込む。
- 借地人属性・滞納実績:与信と遵法意識は“見えない利回り”。中小・個人テナントが多い底地群はPM(賃料管理)難度を伴う。
- 承諾料・譲渡承諾・増改築承諾:承諾料の規定・運用実績は、補助的キャッシュフローとして評価の対象。
- 再開発ポテンシャル:用途地域・容積余力・地区計画、敷地分合筆の算段、周辺の集約可能性。「底地割合」だけでは測れない出口価値をどう置くか。
- 権利関係の複雑性:同一敷地に複数借地人、筆界未確定、老朽建物、工作物付帯などはコスト・時間ディスカウントが必要。
現場で使う簡易フレーム(抜粋)
観点 | 主要チェック | 価値への影響 |
---|---|---|
収益 | 現行地代、改定条項、滞納 | NOIレベル・安定性 |
期間 | 残存年数、再契約慣行 | 割引率・残存価値 |
法務 | 契約類型、承諾権、解除条項 | リスクプレミアム |
物理 | 用途・容積、接道、老朽度 | 再開発オプション |
利害 | 借地人の与信・関係性 | 交渉コスト・実現可能性 |
投資家・企業・地場のそれぞれの論点
- 投資家(ファンド/REIT/私募)
長期安定CFを狙いつつ、「権利調整でα」を取りにいくか。金利一段高ならバリュエーションは引き締まり、良質な地代成長の可視性が案件選別の決定打になることもある。 - 事業会社(底地売却側)
含み益はあるが、地代収入は安定・低利回りです。資本コストとの比較で売却判断が合理化。セール後の操業リスク(借地人=自社のケース)や将来の自由度も計算に入れたい。 - 地場・個人オーナー
近年は買取再販の電話も増加しています。単独底地の流動性は限定的で、周囲の底地・借地の束ね方が出口を左右。承諾料や地代改定の運用実績が評価の差になります。
バリュエーション手法(ざっくりの実務感)
- 収益還元法(直接・DCF)が主軸。
- 直接還元:正常地代÷還元利回り。ただし将来改定や満了イベントを平準化すると「現実とのズレ」が残る。
- DCF:再契約/非更新/更地回復など複数シナリオを確率重みで織り込み、承諾料・一時金もキャッシュフロー化。
- 取引事例比較法:事例は増えたが、契約条項の個体差が大きく、補正の恣意性を抑える内部ルールが必要。
リスクと落とし穴
まず、見た目の利回りに安心しすぎないことが大切です。更新や地代の見直しの一回の判定が、想像以上に価値を動かします。また、個別交渉にかかる時間や人手は案外重く、運営の手間は割引率(必要利回り)を押し上げる要因になります。
制度や裁判例の潮目が変わる可能性にも注意が必要です。金利や物価の変化に比べて、地代の上げ下げは一般に動きが鈍いので、実質利回りが目減りする局面もありえます。特に郊外・地方では、再契約ベースで持ち続けると売却先の層が薄くなることがあり、複数の底地や借地を束ねる工夫が重要になります。
(地域目線のひとこと)
地域の肌感でいえば、首都圏の郊外や地方都市でも、幹線道路沿いの店舗や準工業系の底地に妙味が出ています。物流と小売を組み合わせた複合化など、将来の使い方の自由度が見込める場所では、土地の「素性」が底地の評価を押し上げます。一方で、市街化調整区域や、昔の慣行に基づく入り組んだ契約が残る場所では、権利整理に時間と費用がかかりやすく、慎重な見極めが必要です。
まとめ
底地は「安定的な地代収入」と「将来の使い方を磨いていく余地」という二つの顔を持つ資産です。ただ、その“将来の余地”は自然には生まれません。契約を丁寧に読み解き、相手方と信頼関係を築き、小さな合意を積み重ねていく——地味ですが、その積み重ねが最終的には価値を押し上げます。
評価の現場では、単純な利回り比較に流されず、契約と運用の現実を一つひとつ数字に落とし込む姿勢を、これからも大切にしたいと思います。