2025年7月18日、千代田区がマンション取引に対し「5年間の転売禁止」や「同一人物による複数購入の禁止」などの要請を発表いたしました。
再開発等で供給される新築分譲マンションを対象に、「引き渡し後5年間の転売禁止」や「同一人物による複数戸購入の禁止」といった規制が盛り込まれています。
今回は、この要請の背景や影響、そして今後の不動産投資への示唆について考察してみたいと思います。
◆ 要請内容のポイント整理
項目 | 内容 |
---|---|
対象 | 総合設計・市街地再開発などで建設される新築マンション |
転売制限 | 引渡し後、原則5年間の転売禁止特約の付与を要請 |
購入制限 | 同一名義による同一物件内の複数戸購入を禁止 |
今後の動き | 国や都に対し、短期譲渡所得税の引上げも要望予定 |
千代田区は「住まない購入者(投資家)」の増加により、住環境が悪化することを懸念しています。たとえば、管理組合の意思決定が滞ったり、夜間に真っ暗なマンションが増えたりすることが問題視されています。
◆ なぜ今、転売規制なのか?
千代田区は、東京の中心に位置するビジネスと行政の街です。もともと居住人口は少なく、住宅地の比率も高くありません。しかし近年では、再開発により高額なタワーマンションが増えており、国内外の富裕層から投資対象として注目を集めています。
こうした中で起きているのが「住宅の金融商品化」です。
住むためではなく「値上がり益を期待して買う」投機的な動きが広がると、以下のような影響が生まれます。
- 価格の過熱により、区内に住みたい人が住めない
- 居住実態のない空き住戸が増え、夜は真っ暗なマンションも
- 管理組合の運営が難しくなり、修繕積立金の未納なども発生
都心部では「資産」として不動産を保有する動きが強まっていますが、それが「住まい」としての機能を失わせているというのが、今回の要請の背景にあります。
◆ 転売制限がもたらす影響
5年間の転売禁止という制限は、実需向けの買主にとっては大きな支障にはなりませんが、短期の売却益を期待する投資家にとっては重い足かせになります。
不動産鑑定の現場では、このような「譲渡制限」がある場合、物件の流動性が落ちると判断し、一定のディスカウントを考慮することがあります。
観点 | ポジティブな影響 | ネガティブな影響 |
---|---|---|
価格形成 | 過度な価格上昇を抑制できる | 売買の自由度が低下する |
居住性 | 実際に住む人が増え、住環境が安定する | 投資目的の買主が減少する可能性がある |
評価への影響 | 実需性が評価されやすくなる | 市場性に制限があると見なされ、価格が抑えられる |
今後、鑑定評価の現場でも「転売不可期間」を考慮した分析が求められる場面が増えていくかもしれません。
◆ 投資家の動きはどう変わるか?
この要請により、以下のように投資スタイルの見直しが進む可能性があります。
投資スタイル | 今後の見通し |
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短期転売型(フリップ) | 制限により実行が困難に |
賃貸運用型(インカムゲイン) | 高額物件の利回りが低く、慎重な見極めが必要に |
セカンドハウス型(資産保全) | 実需性が強まれば、安定した資産として評価されやすい |
特に都心の高額マンションは、表面利回りが低いため、家賃収入を主目的とした投資では収支が合わないケースもあります。そうなると「本当に住むつもりがある人」に物件が戻ってくる可能性が出てきます。
◆ 他自治体への波及の可能性
千代田区の動きは、他の都心区や地方都市にも影響を与える可能性があります。すでに同様の課題を抱える地域は多くあります。
地域 | 想定される課題 |
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港区・中央区 | 外国人投資家による投機的購入の増加 |
京都市 | インバウンド投資による住宅不足と空き家の偏在 |
福岡市・那覇市 | セカンドハウス需要による価格高騰と地域住民の乖離 |
今後は「誰のための住宅か?」という視点をもとに、政策判断がなされる時代に入っていくのではないかと感じています。
◆ 所感
私はこれまで多くの都心マンションの鑑定評価を担当してきましたが、特に近年の都心物件の価格形成には違和感を覚えることが増えています。
現場でも実際の居住ニーズを超えて価格が動いていると感じる場面が少なくありません。都心に住みたくても手が届かない、賃料が高すぎて借りられない、といった声は実需層の切実な声です。
今回のような制度的アプローチが、住まいの原点に立ち返る契機となるかもしれません。ただし、規制が過度になると市場全体が縮小し、逆に住宅供給が鈍るリスクもありますので、バランスの取れた制度設計が求められます。
千代田区によるマンション転売規制の要請は、不動産を「住まい」として見る視点に立った一歩です。投資家にとっては制約となりますが、地域の居住環境を守るという意味では一定の効果が期待されます。
これをきっかけに、不動産市場のあり方や投資の姿勢について、もう一度考え直してみるのも良いかもしれません。