ここ数年、評価の仕事で首都圏のマンション価格を追いかけていると、「これはもう、一部の人にしか買えないな…」という感想を持つ場面が増えました。
日経の記事によると、首都圏・近畿圏では新築マンションを買うために必要な年収が、この5年で最大2〜3倍に跳ね上がったとされています。実際の平均年収の伸びは10%弱にとどまる一方で、マンションだけがどんどん先に行ってしまった格好です。
中古も同じです。東京23区の中古マンション70㎡換算価格は、2025年6月時点で約1億300万円。この1年で約4割上昇というデータも出ています。
都心の一等地では、
- 港区・千代田区・渋谷区などで70㎡の中央値が1億6,000万〜2億4,000万円
- 周辺部でも1億〜1億4,000万円のゾーンが広がっている
という分析もあります。
江東区・豊洲の70㎡中古マンション(2001年以降築)の中央値は1億2,500万円。これを35年ローン・変動0.879%で買うと、月々の返済だけで約34.6万円。管理費・修繕積立金・固定資産税などを足すと、年間負担は480〜500万円前後に達します。
ざっくり言えば、
「世帯年収1,000〜1,200万円の共働きでも、都内・人気郊外の“普通の”ファミリーマンションが苦しくなっている」
という状況です。今では「共働きで年収1,000万円超だが、神奈川や埼玉の希望エリアでも予算オーバー」という声も聞こえて来ますが、現場感覚としても違和感はありません。
なぜここまでマンションだけが高くなったのか
要因はいくつか重なっています。
- 建築費の高騰(資材・人件費・設備コスト)
- 円安やインフレでのコスト押し上げ
- 都心部の土地供給制約(「欲しいエリアほど土地が出てこない」)
- 長らく続いた低金利環境で投資マネーが不動産へ流入
- 外国人投資家の取得や富裕層の資産防衛ニーズ
こうした要因が「都心・湾岸のタワマン」だけでなく、郊外新築や築浅中古にまで波及しているのが、現在の特徴だと思います。一方で、家計の側はそこまで伸びていない。数字だけを並べると、
- マンション価格:5年で2〜3倍になったエリアも
- 世帯年収:同期間で+10%に届かない
という「きれいなミスマッチ」が生じています。
銀行の審査上はまだ通ってしまうケースも多いのですが、「ローンが通る=安全圏」というわけではありません。
教育費、老後資金、親の介護、自分のキャリアの変化…。そこまで織り込むと、35年ローンで1億超にフルベットする勇気が出ないという方が増えてきたように感じます。
戸建賃貸という受け皿
こうした中で、徐々に存在感を増しているのが「戸建賃貸」です。
不動産運用大手のケネディクスとオープンハウスグループは、賃貸戸建住宅「Kolet(コレット)」の供給拡大に向けて協力体制を組み、累計2万戸供給を目標に、都心から一歩離れたエリアで用地仕入れと建築を進めると発表しました。
日経の報道でも、オープンハウスが年1,000戸程度の戸建賃貸をケネディクスに供給し、不動産運用向けに活用するという記事が出ています。供給エリアは東京都八王子市や相模原市、千葉市など、まさに「都心から一歩外側」の郊外帯です。
現場で感じる戸建賃貸のニーズは、ざっくり以下のような層です。
- 小さなお子さんがいて、上下階への騒音を気にせず暮らしたい
- 車を持っていて、戸建+駐車場がワンセットで欲しい
- いずれUターン・Iターンする予定があり、今の街に一生コミットはしづらい
- 転勤族・自営業などで、「いつでも動ける」が重要
- マンションを買うほどの予算や覚悟はないが、「賃貸アパートの間取りでは手狭だ」と感じている
「本当はマンションを買いたいけれど、今の価格はちょっと…」という世帯が、妥協ではなく“選択肢として”戸建賃貸に流れている印象があります。
戸建賃貸のメリットと、冷静に見たい点
住む側から見た戸建賃貸の一番のメリットは、やはり「戸建てならではの気楽さ」ではないでしょうか。上の階も下の階も自分たちなので、子どもが跳ねたり走ったりしても、マンションほど神経を尖らせずに済みます。ちょっとした庭や物置スペースがあれば、アウトドア用品や自転車、子どもの遊び道具など、マンションでは置き場に困るものも、比較的ゆとりを持って置くことができます。
また、賃貸である以上、ライフステージの変化に合わせて住み替えやすいという利点があります。小学校に上がる前と、受験や部活動が本格化する時期とでは、暮らしたいエリアや優先順位も変わります。戸建賃貸であれば、「とりあえずこのエリアで5〜10年腰を据えてみて、その後の状況を見て改めて購入を検討する」という時間の使い方がしやすくなります。
一方で、注意しておきたい点もあります。人気エリアの戸建賃貸は、そもそもの土地価格が高いため、賃料水準も決して安くはありません。分譲マンションのようなコンシェルジュサービスや大規模な共用施設は基本的に期待できませんし、建物仕様も「分譲グレード」とまではいかないケースが多いのが実情です。
そして当然のことながら、賃貸である以上、いくら長く住んでも自分の資産にはなりません。この点をどう捉えるかは、ご家庭ごとに価値観が分かれるところだと思います。
投資家から見た戸建賃貸の位置づけ
少し専門的な話になりますが、戸建賃貸は投資家の側から見ると、マンションとはまた違った性格を持つ商品です。
一戸単位の賃貸住宅なので、一棟アパートのように「一部空室があっても全体では家賃収入が残る」という構造ではありません。その代わり、ファミリー層の長期入居が見込めれば、安定したキャッシュフローが期待できます。土地付きの戸建てであることから、将来的に更地としての価値が一定程度下支えになる可能性もあります。
ただし、立地選定を誤ると、入居付けと出口(売却時)の両方で苦戦します。人口減少が進むエリアや、競合物件が過剰なエリアでは、戸建賃貸だからといって安心とは言えません。
マンションが高騰し、「買えない層」や「あえて買わない層」が戸建賃貸に流れていく流れ自体は、しばらく続くと思われますが、その波に乗って何でも建てれば良いというほど甘い市場でもない、というのが個人的な見立てです。
マンション高騰と戸建賃貸をどう受け止めるか
最後に、少しだけ個人的な感想を書きます。
日々、評価書の数字を追いかけていると、マンション価格の高騰も「人気エリアで需要が強く、供給が限られているうえに、投資家がどのくらいの利回りでも買ってくれるか」という数式の問題として、ある程度きれいに説明できてしまいます。
「家賃がこれだけ取れるなら、この利回りでも買い手は付く」「この金利水準なら、ここまでは許容されるだろう」といった前提を積み上げていくと、今の価格水準にも一応の“理屈”は付けられます。
ただ、生活者としては、
「ここまで上がってしまうと、頑張って働いても、普通のファミリーが普通のマンションを買うハードルが高すぎる」
というのが素直な感覚です。
「一馬力では、もうさいたま市や幕張でも厳しい」と聞くと、昔の常識で自分を責めてしまうお父さん、お母さんもいるかもしれませんが、これは個人の努力不足というより、時代の構造が変わった結果だと思います。
- 新築・中古マンション
- 中古戸建+リノベ
- 郊外の戸建賃貸
- URや公的賃貸、社宅
- 実家との二世帯化 …
選択肢は本来、たくさんあります。
「マンションを買うかどうか」だけがゴールではなくて、自分と家族にとって、どの住まい方がいちばん心身ともに無理がないか。不動産鑑定士という仕事柄つい数字で語りがちですが、最終的にはそこが一番大事な軸だと感じています。
今回のマンション高騰と戸建賃貸の広がりを、「買えないから仕方なく」という諦めではなく、住まい方を見直すきっかけとして捉えていただければ幸いです。