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【雑談回】日々の時間配分と、流行についていけない自分

【雑談回】日々の時間配分と、流行についていけない自分

最近、日々の時間配分について考えることが増えました。

仕事をして、家事をして、子どもと遊ぶ。書いてしまえば、ただそれだけの毎日です。ただ、その「ただそれだけ」の普通の生活を維持することが、実はけっこう難しい。

ありがたいことに、不動産鑑定の仕事は年々増えています。独立して仕事をしている身としては、本当にありがたいことです。

ご依頼をいただけること。相談してもらえること。「またお願いします」と言ってもらえること。必要とされることは、やはりうれしいです。独立した当初のことを思えば、仕事があるというだけで、十分ありがたいことだと思います。

一方で、ふと怖くなることもあります。

このペースで増えていったら、これからどうなるのだろう。仕事を受ければ受けるほど、生活のどこかにしわ寄せがいくのではないか。子どもと遊ぶ時間や、家のことをする時間、体を整える時間が、少しずつ削られていくのではないか。

そんなことを考えることがあります。

仕事は大事です。生活の土台ですし、社会の責任を果たす場でもあります。でも、仕事だけで一日が終わる生活で一生が終わると、たぶん何も残りません。最後の夜に必ず後悔します。

子どもと遊ぶ時間は、普通に楽しいです。もちろん、疲れている日もあります。正直、「今日は少し横になりたいな」と思うこともあります。それでも、子どもが「遊ぼう」と言ってくる時期は、もうそんなに長くありません。今は当たり前のように呼ばれますが、そのうち呼ばれなくなる。こちらが「遊ぼう」と言っても、「いや、いい」と言われる日が来ます。想像すると、少しさみしいです。だから、忙しい中でも、この時間はなるべく残しておきたいと思っています。

家事も同じです。もちろん、家事は妻もやってくれています。というより、妻が日々いろいろと担ってくれているからこそ、家のことが回っている部分は大きいです。そこは本当にありがたいところです。

そのうえで、私自身も買い出しや皿洗い、洗濯物干しなどは、わりと自然にやっています。

家事がものすごく好きかと言われると、そこまで立派なものではありません。「家事が趣味です」と胸を張って言う感じでもありません。ただ、買い出しや料理、皿洗いや掃除、洗濯物干しなどは、嫌いではありません。むしろ、けっこう落ち着きます。

たとえば買い出しは、かなり長い付き合いです。18歳で一人暮らしを始めてから、スーパーには5,000回以上は通っているはずです。たぶん、世の中のどこよりも、私はスーパーに通っています。

野菜の値段を見て、卵の値段に少し驚いて、肉を買うか魚にするか迷って、ついでに子どもの好きそうなものをカゴに入れる。そんな普通の時間が、意外と自分には合っています。

皿洗いも、料理も洗濯物干しも、頭を使っているようで、実はあまり使っていません(私は、です)。無心で手を動かしていると、仕事で詰まっていたことが少し整理されることもあります。

家事は、やりたいからやっているというより、やらないと気持ちが悪い。25年くらい毎日続けている筋トレや有酸素運動と似ています。「今日はやめてもいいかな」と思う日もあります。でも、やらないと落ち着かない。体の中に、生活のリズムとして染み込んでいる感じです。

ただ、ここで少し悩ましいのは、仕事も家事も育児も運動も、どれもそれなりに大事だということです。

仕事を増やせば収入は増えるかもしれません。評価の経験も増えます。信用も積み上がります。でも、その分、生活の余白は減ります。家事を外に出せば時間は浮くかもしれません。でも、自分にとっては、家事の時間も意外と大事な整え時間になっています。子どもとの時間を削れば、仕事は進むかもしれません。でも、その時間は後から買い戻せません。

結局、何を増やして、何を減らすのか。これは、思っている以上に難しい問題です。普通の生活をしているだけなのに。

若い頃は、もっと単純に考えていました。目の前の仕事を頑張ればいい。成果を出せばいい。忙しいのは良いことだ。でも、年齢を重ねてくると、少し考え方が変わってきます。「忙しい」は、必ずしも偉いことではない。「仕事が多い」は、必ずしも幸せと同じではない。もちろん仕事がない苦しさも知っていますから、ぜいたくな悩みかもしれません。

それでも、今は、仕事を増やすことだけを目標にするのは少し違うのかなと感じています。

もうひとつ、最近よく感じるのが、「流行についていけていない自分」です。

私はYouTubeをほとんど見ません。SNSの流行もよく分かりません。若い人の中で何が流行っているのか、本当に分かっていません。

流行の情報源は、主に小学生の子どもたちです。ただ、その子どもたちから入ってくる情報も、私にとってはかなり難解です。聞いたことのないグループ。見たことのないキャラクター。名前だけではまったく姿が想像できないポケモン。

正直、途中から外国語を聞いているような気持ちになります。私が知っているアイドルグループといえば、SMAP。アニメといえば、タッチ。ポケモンといえば、ピカチュウ。かなり強めに情報が止まっています。ポケモンに関しては、ピカチュウ以外はだいたい「新種」です。

子どもたちが楽しそうに話している横で、分かったような顔をして「へー、そうなんだ!あ、あれね、いいよね!」と相づちを打っていますが、実際は何も分かっていません。知ったかぶりをすると、すぐにバレます。子どもは厳しいです。

今年で49歳になります。

自分では、まだそこまで古い人間になったつもりはありませんが、世の中で流行っていると言われているものからは、少しずつ離れてきているのは、たぶん間違いありません。

ここで怖いのは、自分が分からないから、くだらない。自分の時代のほうが良かった。そう言い始めたら、かなり危ない老人になるのかなと思っています。

今の子どもたちが夢中になっているものにも、きっと今の時代の面白さがあって、若い人たちが見ているもの、使っている言葉、楽しんでいる世界にも、今の空気があるはずです。自分がついていけないからといって、それを否定するのは、まあ、明らかに全然違いますよね。これは、当たり前のことですが、けっこう大事なことだと思っています。

仕事でも同じかもしれません。

不動産鑑定士の世界も、高齢化が進んでいます(自分も含め)。昔ながらの考え方や経験が大事な一方で、時代の変化を見ないわけにはいきません。金利、建築費、人口動態、働き方、家族の形、住まいに求めるもの。どれも少しずつ変わっています。

自分の経験だけに頼りすぎると、見えなくなるものがある。でも、流行だけを追いかけても、足元を見失う。その間で、どうバランスを取るか。これは、仕事でも生活でも、たぶん同じなのだと思います。

49歳という年齢は、若いとも言えず(ただ不思議なことに鑑定士の世界では、40代は若手になります)、かといって年寄りと言うには少し早い。なかなか中途半端な年齢です。

体力は少しずつ落ちてきます。新しいものを覚えるスピードも、昔ほどではありません。でも、経験はそれなりに積み上がってきました。

鑑定士は「先生」と呼ばれるからこそ、人に対して偉そうにだけは絶対にしてはいけないんだろうなと思います。実際、偉くも何ともないのですから。

仕事が増えていることに感謝しながら、家事や子どもとの時間も大事にする。流行についていけない自分を認めながら、それでも若い世代や子どもたちの話に耳を傾ける。そんなふうに、これからもあまり立派すぎない姿勢でいたいと思っています。

毎日を完璧に回すことはできません。仕事も家庭も運動も、全部きれいに整う日ばかりではありません。むしろ、うまくいかない日のほうが多いかもしれません。

それでも、スーパーで値段をチェックし、皿を洗いながら仕事のことを考え、子どもの話す謎のポケモンにうなずき、毎日運動する。

そんな普通の日々を続けていくことが、自分にとっては案外大事なのだと思います。

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