「ある程度の家賃収入があるので、資産管理会社を設立した方がいいでしょうか?」
不動産を複数所有しているオーナー様や、これから不動産賃貸業を本格的に始める方から、こうしたご相談をいただく機会があります。節税目的での「法人化」は確かに有力な選択肢です。
しかし、法人をつくれば万事うまくいくかというと、決してそうではありません。
私自身も不動産鑑定士や物件オーナーとして、収益物件の評価やオーナー資産の現況分析を行う中で、「法人化は武器になるが、使い方を誤れば負担になる」という現場を見てきました。
そこで、法人化によって得られるメリットとともに、見落とされがちなコストや制約などを整理しておきたいと思います。
■法人化のメリットはどこにあるのか?
資産管理会社を設立することで得られる代表的な利点を、以下の表にまとめました。
項目 | 法人化による主なメリット |
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① 所得の分散 | 法人税率は段階的(実効税率30%以下)で、個人の最高税率(55%)より合法的に抑えられる。役員報酬により家族に所得分散も可能。 |
② 経費の柔軟性 | 通信費は個人でも計上できますが、法人は役員報酬・社宅・業務用の車両・PC等も会社名義で処理しやすく、経費計上の選択肢が広がる。 |
③ 相続対策 | 不動産が法人資産になると、相続時は「株式」の形で評価されるため、一定の評価圧縮が可能。実勢価格よりも低い株式評価により、結果的に相続税を抑えやすい。 |
④ 事業承継の制度活用 | 一定の条件を満たせば「事業承継税制」が使え、後継者への相続・贈与時の納税が猶予・免除される制度もある。長期的な承継設計に有効。 |
⑤ 資金調達の柔軟化 | 法人名義での融資によって、個人の信用枠と切り分けて資金調達可能。事業拡大の選択肢が増える。 |
■でも実は大きい「見えにくいコスト」
「税金が安くなる」という目先の効果だけに注目すると、思わぬコストがボディブローのように効いてきます。
コスト項目 | 内容と注意点 |
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社会保険料 | 役員報酬を得る場合、原則として健康保険・厚生年金に加入義務がある。法人と役員個人で折半となり、毎月十数万円~数十万円の支出になる。 |
記帳・申告コスト | 法人は毎期の決算・法人税・消費税・地方税の申告が必要で、税理士報酬等が個人より高くなる傾向ある。 |
維持コスト | 設立費用(20万円前後)、毎年の法人住民税均等割(7万円〜)が固定費としてかかる。 |
資産移転時の課税 | 個人→法人に不動産を移す際に、譲渡所得税・登録免許税・不動産取得税が発生することもある。思わぬ課税に注意。 |
社会的義務 | 雇用なしでも労働保険の手続き、法人口座・契約書・登記手続き等、事務負担が増える。 |
■よくある誤解と注意点
Q1. 外注管理でも法人の経費にできる?
→ A1. はい、外注費は法人の経費になります。 ただし、家族や自分自身が「外注」として契約している場合、実態が給与とみなされる可能性があります。税務調査では、誰が業務を指揮していたか、仕事の実態がどうかが重視されるため、形式だけの外注契約はリスクになります。
Q2. 通信費は法人だけが有利?
→ A2. いいえ、通信費(携帯代やネット回線)は個人事業主でも経費になります。 ただ、法人の場合は、業務用端末や社員用Wi-Fiなど、名義や費用区分の整理がしやすく、経費管理が明瞭になるという実務上のメリットがあります。
Q3. 社会保険は絶対加入?
→ A3. 原則は「はい」です。 法人の役員で報酬を得ている場合、たとえ従業員がいなくても社会保険の強制適用事業所とされます。報酬ゼロなど特殊なケースを除けば、厚生年金・健康保険の加入が義務になります。
■法人化が効果的だった実例
ケース | 内容 |
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Aさん(60代・都内) | アパート3棟所有、年間賃料収入2,500万円。個人では税率45%に達していたが、法人化+夫婦で役員報酬を分散。年間400万円以上の税負担軽減に成功。 |
Bさん(40代・千葉) | 法人名義でマンションを購入し、役員社宅として使用。会社の経費で家賃を一部負担。生活コスト圧縮+法人利益調整に活用。 |
Cさん(50代・地方都市) | 相続対策として法人を活用。不動産を法人で保有し、株式評価によって相続評価額を圧縮。事業承継税制も活用し、後継者への引き継ぎを円滑に。 |
■法人化を検討すべきか?簡易チェックリスト
チェック項目 | YESなら検討余地あり |
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課税所得が900万円以上ある | ✅ 節税インパクトが大きい可能性 |
不動産を複数所有している | ✅ スキーム構築の柔軟性あり |
家族への所得分散を検討したい | ✅ 役員報酬などで可能に |
相続・承継を意識している | ✅ 株式評価+制度活用ができる |
社会保険や経理業務に対応できる | ✅ 負担を理解した上での導入が前提 |
■最後に:法人化は“道具”であって“目的”ではない
資産管理会社は、うまく使えば強力な武器になります。
しかし、「節税になるから法人を作ろう」ではなく、「どんな仕組みが自分の資産に合っているか」という視点が重要です。
私たち不動産鑑定士は、単なる数字の扱いや制度・法律の知識だけではなく、お客様の人生設計や資産の性格に応じた提案が求められます。
法人化はあくまで選択肢の一つ。正しい理解と冷静な判断の上で、最適なかたちを選んでいただければと思います。