オンライン会議が当たり前になってから、スーツの出番はめっきり減りました。鑑定士は派手さと縁遠く、私もたいてい作業服です。
鑑定士が集まる分科会の画面に並ぶのはTシャツやポロ、ワイシャツに、たまにジャケット。私は会議のときだけ上は襟付き、下は作業パンツの“現実解”。終われば即、そのまま外に出るからです。これまで数百人の鑑定士にお会いしてきましたが、正直なところ“おしゃれ”というより、仕事に合わせた実用一点張りの装いが多い——そんな印象を持っています。
現地に出ると、服装は“格好良さ”より“壊れにくさ”と“取り回しの良さ”がすべてになります。ちなみに私はいつも、動きやすい作業服にスニーカー。作業服のポケットには、ペン、メジャー、方位磁石、そしてカメラ代わりのスマホ。リュックには資料一式と、道路幅員や間口を測るウォーキングメジャー、そして水筒。これがワンセットです。リュックは肩に食い込むこともありますが、両手が空く恩恵は絶大で、「測って・撮って・書いて」の三拍子が格段に楽になります。おしゃれなショルダーバッグは、風に書類を飛ばされて追いかけるとき、ただの障害物になります。
服装に“おしゃれ”を求めない代わりに、“定位置”を徹底しています。地味なルールですが、これを崩すと現地で「あれ、どこだっけ?」が増えて、観察の集中が途切れます。結局のところ、鑑定士の服装は見た目より“手順の再現性”のためにあります。現地で拾えるはずの要因を、装いの不具合で落とすのはあり得ない。同じ動きで、同じ品質を出す——そのための衣と装備ですから。
外での作業は、雨が天敵なのは言うまでもありませんが、実は風もやっかいです。資料を確認しながら物件を見ると、強い風にページがめくられ、紙はすぐにしわくちゃ。紙がダメならタブレット、と思いきや、炎天下の反射や冬の指先の悴みで操作ミスが増える。万能解がないからこそ、地味な工夫の積み重ねしかありません。
現地の情報は、足で拾ったものがいちばん確かですから、街を眺めながらとにかく愚直に歩き続けます。今日も茂原市の固定資産税評価関連で2.5万歩、ざっと20km。十件以上の物件を徒歩で回って、帰ってきた頃にはくたくたになっています。
季節がよくなると、現地調査は快適になります。朝夕の風が心地よく、空が高い。そんな日は歩数も自然に伸びます。とはいえ、昨今の真夏は容赦がありません。そこで“格好悪いけど頼れる相棒”が空調服です。見た目は完全に作業現場の人ですが、体力の消耗が段違いに減ります。日傘、帽子、水筒といった基本装備に空調服を足すと、暑さというストレスが減り、判断ミスも目に見えて減るのを実感します。汗だくで書いたメモはインクが滲み、写真は手ブレする。暑さ対策は、体調管理だけでなく、いまや実務の必須科目です。
結論として、私たち不動産鑑定士の服装は華やかさゼロ、機能100%。色気は皆無でも、ウォーキングメジャーをぶら下げ、今日も地価と対峙します。鏡の前で整えるのはネクタイではなくポケットの定位置。
これで評価が一本芯通るなら、地味こそが最強のドレスコードではないでしょうか。