賃貸経営において、所得分散や節税を目的として「建物所有会社」を設立し、土地所有者(オーナー)と建物所有者(法人)を分けるスキームが注目されています。実際、弊社でも本スキームにおける建物評価の依頼を受けることが年々増えています。
この形態では、オーナー個人が土地を保有し地代を受け取る一方、法人が建物を所有し賃料を受け取るという構造になります。
本記事では、このスキームの仕組みとメリット・デメリットなどを整理しておきたいと思います。
1. 所得分散スキームの基本構造
区分 | 所有者 | 収入 | 課税主体 |
---|---|---|---|
土地 | オーナー個人 | 地代 | 個人課税(総合課税) |
建物 | 建物所有会社(法人) | 賃料(家賃) | 法人課税(法人税) |
建物所有会社を設立することで、賃料収入の一部が法人所得となり、個人の課税所得を圧縮できる、というスキームです。
2. 所得分散による節税効果のイメージ
高所得者が賃貸不動産を所有している場合、家賃収入のすべてが個人の所得として課税されると、所得税率が最大45%になることもあり、税負担が大きくなります。
これに対して、建物のみを法人名義にして所有し、土地は引き続き個人が保有するというスキームを使うと、以下のように収入と課税を法人と個人に分散することができ、全体の税負担を抑えることが可能になります。
区分 | 個人が建物・土地ともに所有 | 法人が建物を所有(スキーム適用) |
---|---|---|
年間賃料収入 | 1,000万円(全額個人の収入) | 1,000万円(全額法人の収入) |
地代 | ー | 200万円(法人→個人へ) |
建物償却費 | △80万円(個人が控除) | △80万円(法人が控除) |
所得税率 | 45%(個人) | 法人:約30%、個人:約20%(地代) |
このように、法人が建物の所有者として賃料収入を受け取り、個人が土地の所有者として法人から地代を受け取る形にすれば、収入が分散されます。
法人は、実効税率約30%で賃料収入から必要経費(減価償却費など)を差し引いて課税されます。一方、個人は、法人からの地代収入(例:200万円)に対してのみ課税されるため、税率も20%前後に抑えられます。
ただし、形式だけで実態のない地代設定や契約では否認される可能性もあるため、不動産鑑定を取得するなど、適切な運用が必要です。
3. メリット
(1)所得分散による節税
・個人の超過累進税率(最大55%)の回避
・法人税率は一定(実効税率約30%)
(2)建物の減価償却を有効に活用できる
・法人側での経費処理が可能
・赤字の繰越もできる(10年間)
(3)資産承継・相続対策
・建物を法人に移すことで、将来的な評価圧縮が可能
・法人株式の形での相続がしやすい(株式評価引下げ効果)
(4)損益分岐点の調整が可能
・法人で役員報酬設定 → 個人の給与所得控除活用可
・家族を法人役員にして給与所得を分散することも可能(※実態が必要)
4. デメリット・注意点
デメリット・リスク | 説明 |
---|---|
設立・維持コスト | 会社設立費用・税理士顧問料・法人住民税均等割などが発生 |
契約の形式化が必要 | 賃貸借契約(地代・家賃)を明確に取り交わす必要あり。実態と乖離すると否認リスク |
地代の相場設定が難しい | 高すぎると法人の利益圧縮が見做される、安すぎても個人への贈与とみなされる可能性あり |
法人資産への課税 | 固定資産税や償却資産税の納付は法人の責任に |
金融機関対応 | 法人所有の建物での融資条件が異なる。連帯保証などが求められる可能性あり |
5. 不動産実務における留意点
- 土地と建物の分離所有が前提のため、建物移転登記や法人設立時の資産評価に注意が必要です。
- 建物評価や地代の適正設定は非常に重要で、不動産鑑定評価などによる時価評価を用いることが望ましいです。
- 建物の取得に際しては消費税の課税が生じる場合があり、慎重な事前検討が不可欠です。
6. 実際の活用シーンの例(簡略)
例1:相続税対策としての導入
高齢の地主が相続前に建物を法人へ移転し、株式として相続。評価額が建物より低くなるため節税効果あり。
例2:所得圧縮を目的としたスキーム
年収が2,000万円を超えるオーナーが建物所有法人を設立し、建物管理・運営を法人で実施。自分は地代だけを受け取る形にし、個人の課税所得を減らす。
7. まとめ
建物所有会社の設立によって、節税や相続対策、所得分散といった多くのメリットを得ることができますが、税務や契約の整合性、実態の伴った運営が求められます。
「うまくいっている人がいるから自分も」と安易に導入するのではなく、専門家のアドバイスのもと、丁寧に設計していくことが大切です。
私自身、不動産鑑定士として土地や建物の評価に日々携わっておりますが、こうしたスキームを検討される際にも「評価の視点からの妥当性チェック」は非常に有効です。もし検討されている方がいらっしゃれば、信頼できる税理士・不動産鑑定士とともに、慎重に設計していかれることをお勧めします。